時に悩む。苦しむ。もがく。努力する。喜ぶ。喜ばれる。などなど...

人は忙しい。
 
生きるのに忙しい。
 
忙しく生きている、っていうのとはちょっと違くて。
 
何もしていなくても、人がそう意味付けしただけの事であって
結局忙しく「何もしない」をやっている。
 
忙しい。
 
その忙しい中でいろんなことをやっている。
 
または、やってきた。
 
思い出す度に辛い事、あるね。
よっちゃんもある。
 
今の自分を縛り付ける思い込み、こだわり、あるね。
よっちゃんもまだまだ沢山、ある。
 
これからやらなきゃならないこと、色々あるね。
よっちゃんもある、多分(笑)。
 
でもこれって、自分の中からじゃなくて外から見たら、
そもそもなんなんだろう。
 
それを、できうる限り、思いーーーーっきり上から俯瞰してみたら、何になるのだ。
 

今も拡大し続ける大宇宙の中の、銀河系の中の、太陽系の中の、地球って星の中の。

 
そんななかの、(人間)世界の中の、数十億分の
 
1。  

 
悩み。苦しみ。喜怒哀楽。記憶。成功。失敗。恥。こだわり。思い込み。義務。使命。
 
などなど。
 
渦中にいると「世界のすべて」だったものが。

できうる限り、”視座” を高いところに、もっていってみたら。
 
 
もう、ね。
 
すべてが

ハナクソじゃん。

よっちゃんが嬉しかった出来事も
 
ハナクソ。
 
よっちゃんが苦しみ続けた人生の記憶も
 
ハナクソ。
 
血のにじむ努力で勝ち取った税理士資格も
 
ハナクソ。
 
自分の人生に対する意味づけの仕方も  
ハナクソ。  
 
いや、その人にとって大切じゃない、って話をしているのではなくて。
 
そこまで「大いなるもの」にまで「視座」を高く持ってしまうと
そこから見た「自分の世界のすべて」というのは、
 
所詮はハナクソみたいなレベルの話なのだ。

 
もっといえば、「大きな、高い視座で見たら、ハナクソの分子1個分にも満たない話」ってことなのだ。  
大宇宙からみたら、その時間軸の中で瞬きにも満たないレベルの時間、事象でしかない。  
今の仕事が嫌だ、なんて悩みも
なんであなたは課長のままなの、部長にならないの、なんて苛立ちも
いっつも好きな人にフラれてしまう絶望感も 
 
現代人が長い時間かけて行きついた今の情報化社会も
その中で懸命に追い求めている生産性も
 
大宇宙、大自然のもたらす「大いなる調和」に比べたら。
 
ハナクソみたいな現象でしかないのだ。
 
だって。
例えば、でっかい太陽フレア1発、ドバドバーってなるだけで
人間様の作った情報化社会がチュドーンって大混乱しちゃうわけでしょ?
(あ、よっちゃん、この辺の仕組み殆どわかってないっす。)
 
だからもう、大宇宙の大いなる調和になんか比べたら 
 
ハナクソみたいな現象でしかないのだ。
 
万物ハナクソ、諸行ハナクソ。
 

だからもう自暴自棄になるしかない、ってことじゃなくて。

むしろ、逆。
 
逆逆!  
だからこそ!
 
何をやってもおなじハナクソなら、一番の望みのハナクソ、よっちゃんはある。

「ありたい自分を生ききる」、という名の、ハナクソを食べたひ。

だって、何をやっても所詮ハナクソなんだもん。
 
「私にはシアワセになる権利なんか無い」なんてクソ不味いハナクソは、
 
ポイっ!
 
 
これまでの人生も「これでよかったんだ」っていう美味しいハナクソに交換!
だって、過去をどう捉えたって、どのみちハナクソなんだもん!
 
で、これからは「自分を生ききる」というハナクソを、食べたひ。
 
シアワセにならない人生を歩んだって、ありたい自分を生ききったって、同じハナクソ。
 
だったら、一番旨そうなハナクソがいいもん。
 

でも、ハナクソじゃないものだって、あるよね。

例外もある。
 
大宇宙、大自然なんかよりもずーーっとドデカイヤツ。
 
むしろ大宇宙のほうがハナクソなんじゃないか、って思わせるもの。
 
それは

命そのもの。

最もかけがえのない、大いなるものなんじゃないかなぁ。
 

...あっ、スンマセン。
この記事そろそろ終わりにしたくて
ちょっとカッコイイ締めはないか、と書いてみただけです。
 
どうよ。カッコよく着地したかな。
 
どうよ。
 
どうよ!  
 
おしまい。
 
ぼへへ~。

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