肌で感じる、「第5章」。

ブログなど情報発信に関する師であり、そして「在り方」と「やり方」を整える師でもある、たっちー こと立花岳志さん。

その たっちー がこの程出版した新刊が”「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる”である。
「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる(Amazonリンク)

そして、その第5章は、本書のクライマックスともいうべき、お金に対する心の ”あり方” が書かれていて、とても興味深かった。

前職では会計や税法の世界と格闘しつつ、「お金」が「心」に影響を与えるといったことは実感してきたけれど
もっと根源的な部分で「お金」に対する「心のあり方を整える」、といった視点は持てなかったので
自分にとってはとても新鮮な視点だったのだ。

そんな中、その著者本人から新たにリリースされたコンテンツが
「お金のあり方1day集中講座」。

聞けば、こうした「お金の哲学」とか「お金と精神性」といった話題は
普遍的テーマ性をもって問われ続けている、古典的なトピックではあるようだ。

だからこそ、それを現在進行形で泥臭く体感に落とし続けている人の話を、直に聴いてみたい。

「おそらくは、あの ”第5章” を肌で感じられるセミナーになるはず」。
・・・そんな思惑で参加した、本セミナー。

その方向性は、こちらの思惑通り。
そして・・・
その内容は、こちらの思惑を大きく超える、自分にとって深く豊かなコンテンツであった。

”世界”にお金が「無いワールド・無くなるワールド」から「あるワールド・無くならないワールド」へ、マインドをシフトする

お金の”奴隷状態”から、距離を置く

お金というのはもともと、価値と価値との交換を表す、ただの「記号」だ。
だからその差分が生じただけ、手元に残ったり、手元から出ていったりする。
そして、その記号を「見える化」したものが、貨幣だ。
そして、その貨幣は、みんなが「これが貨幣である」と「信用している」からこそ、成り立っている。

お金を「お金」たらしめるのは、人の「マインド」だ、ということである。

ではその「マインド」に、知らず知らず ”コントロール” がかかっているとしたら?
そのコントロールが、実は「支配者」から「被支配者」に向けてかけられているモノだとしたら?

お金は「支配」と「被支配」の代名詞。
それは発行権者、信用の与奪権者を考えてみても、直感的にわかることだ。
さらにはそれらの殆どを掌握する、(見えざる)存在についても推して知るべし、である。

本セミナーはその部分に対して、数々の視点をもたらしていく。
支配者側のご都合主義で伸び縮みする金融や経済の仕組み。
そんな「支配者側の思惑」によって「お金=無い」というマインドが「被支配者側の集合無意識」として形成される有様を、俯瞰していく。

普段の”お金の常識に支配されている状態”とは逆の視座に立ち・・・
「お金=無いもの、無くなるもの」というマインドをほぐし、緩めていく。

お金という”モンスター”へのマインドが、そこまで深刻に向き合うものでもないマインドへ、少しずつシフトしていく。

深刻にに向き合うからこそ「固着」し、「せき止められ」、「見えなくなり」・・・
「お金=無いもの」という”深刻な事態”になってしまうのだ、と、気づいていく。

”システム”を見抜き、自分軸で”使う”ために

お金に対する「支配者側からのコントロール」については、その「あるか無いかの世界観」のみならず
「使い方」そのものについてもコントロールがかかっている。

それはいうなれば既得権益や企業、メディアの推奨する「使い方のシステム」だ。

例えば。
全米が禁止した、健康に悪影響をおよぼす「トランス脂肪酸」を含む油脂。
代表例はマーガリンやショートニングだ。

日本はそれを未だ規制せず、菓子・菓子パンなどに使用し販売されている。
・・・その上で・・・

そんな「安価な原料」を消費してその食品利益に貢献し、さらにそれによって自身の体を蝕んで
お次はその体を薬剤業界へ”搬送”し、さらに利益貢献する生き方を選択するか。
 
それとも、そのような「システム」を「情報獲得」などの方法で見抜き、
「高価であってもそのシステムに乗らない食品をとって健康に生きる」生き方を選択するか。
 

・・・それは「どちらが良くて、どちらが悪い」というものではない。

今はそれを、「見抜いて、自分軸で選択できるようになった」ということだ。

インターネットによる情報革命を通して「ほんとうのこと」を知ることができるようになってきた今
「無意識、無関心」によって「システムに乗せられる」ことから極力脱却し、自分軸でお金を使う。

そんな「お金のあり方」も、選択できる世の中になってきている。

「無い前提」だから「せき止める」。「ある前提」だから「循環する」

「無い前提」だから「せき止める」

自分を取り巻く世界において、お金は「無い」。
お金は・・・有限だ。

・・・そんな集合無意識にアクセスして生きようとすると、その「有限なお金」を・・・貯めようとする。

お金の流れを「せき止めるマインド」になっていく。

せきとめた分だけ、市場のお金が「有限化していく」。
有限化した分だけ、お金が「奪い合い」になる。

こうして「せき止めるマインド」同士が「ほら、やっぱり」という具合に「お金がないマインド」を勝手に醸成してくれる。
そこそこのところでそれ以上の生命力を発揮する生き方はせず、慎ましくしていてくれる。
・・・だからこそ、この自動スキームは「支配者側の思惑通り」となり、都合がよかったりもする側面もある。

「”ある”前提」だから「循環する」

そんなこれまでの価値観に対し、これからは情報革命・・・インターネットを始めとしたテクノロジーの時代。

現金を介さない決済手段の増加。
新たな財・サービスを ”情報発信” し、共感する人から直接資本を募る、クラウドファンディング。
そして今や、友人同士などでお祝や見舞金を互助できる、フレンドファンディングも登場している。

こうしたものに触れ、体験するほど、お金というのはこの世界に「”ある”というマインド」が育つ。
そして、その「”ある”お金」は、世界にただ「循環しているもの」、というマインドも育っていく。
 
 

お金の循環する「大河の一員」となるために

お金が ”あるワールド”。

お金が、循環する世界。

そんな「お金の大河とその循環」に身を置こうとするとき、まず必要なのは・・・

支払うこと。

企業もそうだが、事業というのはまず投資が先行する。

必ず支払いが、先行するのだ。

循環している「お金を受け取る」ためには、そのためのお金を「まず送り出す」こと。
それが、お金の循環に触れるための、最も重要な道理として、どうしてもやってくる。

「支払う=送り出す」ことは、損ではなく”等価交換”

お金を支払った時、”損をする” というマインドになりがちだが、実はこのとき、人は誰も”損”をしていないという。

それ相応の価値と、等価交換しているはずだからだ。

その視点を持っておくと「何にお金を送り出したいか=支払いたいか」という目も育ってくる、というものだ。
すると、そこへ自然と「感謝を乗せる」こともできるようになる。

そして、その支出と等価交換で得た知識や経験=自己投資を自己価値に変えることで、今度はその自己価値を”世界”に提供する準備ができる。

こうして人がお金を「感謝をもって循環の中に送り出す」と、今度は自分の中に、ある”スペース”ができる。

自己価値を”世界”に提供することによって・・・お金が ”入ってくる” ための、スペースだ。

価値の提供に見合った”お金の河”を受け取るために ~ お金の”あり方”と売上請求の関係性

売上請求マインドと”ビリーフ”の関係

売上請求マインドと切っても切れないのが、”ビリーフとの関係” だ。

ビリーフ、というのは、いわば自己を制限している否定的な思い込み。
いわば「私なんか・・・」といったヤツだ。
特に、「私なんか無力だ」や「私なんか無価値だ」というビリーフがあると
どんなに素晴らしい価値を世界に提供しても、その請求額を低く見積もってしまう。
もっと勢いよく「お金の大河」に身を置く事ができるはずなのに・・・
「自己評価」がそのまま「請求額」に、投影されていく。

だからこそ、そんな「心のあり方」を整えていくことが、大切だ。
それはカウンセリングやコーチングなどの手段でも良いし、または・・・

テクノロジーを駆使する形で整えていってもいい。
・・・リアル世界は勿論、暖かいつながりのあるコミュニティに身を置き、その中で自己発信をしたりして
少しずつでも自己受容を進め、自己否定をクリアリングしていくことも、今はできるのだ。

「お金が”無いマインド”」と売上請求マインドの関係性

この世界にはお金が”無いマインド”でいることもまた、(売上)請求業務に影響が出てくる。
その世界観を請求相手にも投影してしまうからだ。

すると、相手に請求すること =相手にとっても「有限なもの」を ”奪うこと” ”ふんだくること” というマインドになってしまう。

「請求=罪悪」、「請求=申し訳ありません」になってしまうのだ。
これはややもすれば、自分の価値の提供も”贖罪化”してしまう危険性がある。

また、このマインドで人に請求すると、支払う側にも不安が伝わってしまうなどして
購買心理的に見ても「気持ちよく、満足して支払う」という”着地”ができなくなるリスクもある。

是非とも整えておきたい、心のあり方である。

お金は「固着・滞積ワールド」と「循環ワールド」のパラレルワールド化?

「お金は有限。いつかなくなる。だから せき止めて、貯めて、慎ましく生きていかなければならない。」
・・・そんな、旧来通りの、支配者の思惑通りの価値観で生きる「お金のあり方」。
 

「お金は無くならない。世界を流れ、循環している”大河”だ。そこに勇気を持って身を置き、自分の価値を乗せて生きる事ができる世の中になった。」
・・・そんな新しい価値観で、自分の価値を提供し、循環させて生きる「お金のあり方」。
 
 
・・・今はきっと、両者が併存している、いわばパラレルワールドだ。

そして、その世界の境界には「インターネットを始めとしたテクノロジーの存在」がある。
そのテクノロジーを上手に活用して自己発信し、自分の居場所・立ち位置を「お金の大河とその循環」に身を置くことが
新たな「お金のあり方」へシフトするための鍵になるのかもしれない。

お金の循環に「志(こころざし)」を乗せて ~ 超個別化の時代を生きる

今の時代が向かうは、「超個別化」の時代。
自分の提供できる価値を知り、発信することで、何でも「仕事化」できる可能性がある時代。
・・・だからこそ、その価値を提供するために「自分と向き合う」ことが、大切になっているのだ。
 
 
「自分と向き合うこと」で「やりたいこと」を見出し、そこに”世界へ価値を提供する” という「志(こころざし)」を乗せる、心の「あり方」。

それを「仕事化」するための戦略を立てていく「やり方」。

その両者が統合したとき・・・
”やりたいこと” と ”お金” の両方が、自分の「人生の大河」となって、ダイナミックに循環しはじめるのかもしれない。

「お金の循環」の”向こう側”を、さらに想像してみる・・・

もし人が「お金の循環」と一つになり、そのための「価値の循環」とひとつになったとき・・・

人は「お金の従者」から、解放されるのかもしれない。

そして、自分はただの「無くならないお金の大河の中継点」になる。
かつては ”勝ち取っていた” 収入もなく、”失っていた” 支出もなく。
ただ自分のもとに一時的に入っては、出ていくだけの、価値の運動だけが、存在するようになるのかもしれない。
 
 

懇親会で「お金の価値観の階層を突き破る体験!」

セミナー終了後も、「お金のあり方」に関する ”体験” が待っていた。

それは、”お金の価値観のバームクーヘン” を突き破る体験だ。

コンフォートゾーンを脱し、価値観の”バームクーヘン”を突破する

人はそれぞれ、その価値観の”階層”の中に大人しく収まって生きている。

それはいわば・・・「住む世界が違う」、というヤツだ。
身近なところでは「いつもグリーン車の人」と「自由席のみの人」では、違う世界観を生きている、といった感じだ。
そして人は、よほどのことがなければその「世界の階層=バームクーヘン」を、自ら突き破ろうとしない。

なぜなら、それを突き破ろうとすると、「支出先行の法則」によって収支のバランスを大きく崩し、「お金のあり方」が不安定化するためだ。
しかしそこから人は、その状況を何とかしようとして”成長する”ことで価値観の周波帯を上昇させ、その階層を突き破ることができるのだという。

そんななか、今回の懇親会は その「お金のバームクーヘンを突き破る」ということを
「楽しみながら体験してみよう」という企画も兼ねていた。

そして、その「別世界だ」と思っていた ”階層” でフツーに生きている人たちの存在をも、体感してみる。
 
 
そんな意図をもって向かうは、ザ・リッツ・カールトン東京の、45階。
自分にとってはこれまで知りもしない「お金のあり方」が循環しているであろうその場所に、向かうこととなった。
 
 
つづく。
 
 

おすすめの記事