自己探求、ハードモード突入か・・・

よっちゃんです。
 
バーンアウトしたよっちゃんの運命を変えてしまった心の師匠、大塚あやこ さん(あやちゃん)。
その運命を変えた あやちゃんのメソッド、「ビリーフリセット®」。
そのあやちゃんが講師の ビリーフリセット®カウンセリング講座・第1講を受講してきた。
 
今度は自分を癒すため ”だけの” 講座ではない。
まずはカウンセリングスキル・マインドを学び、場合によっては職業カウンセラーとしての選択肢も含めた
”カウンセリングパーソン” を育成する講座。
 
その第1フェーズとして、カウンセラー・クライアントの双方を仲間と共に体験しながら、その技術を学びつつ。
また自分も癒やしていくことで「自分の在り方」も整えることになる・・・のだ。

初日からガッツリ「傾聴」

カウンセリングパーソンの基本スキルである「傾聴」。
 
すなわち聞き手、聞き役。
 
このスキルは、カウンセラー側の「根本的在り方」と密接に関係していた。

とにかく「施さないように」

解決しない。指示しない。アドバイスしない。
そのプロセスは、「話し手=クライアント」のすること。
 
だから、聞き手の価値観を、挟まないようにする。
 
聞き手は、ただそのための鏡となり、触媒となる。
 
・・・って、これがまた、難しい・・・

傾聴の極意は「願って、放置」。

その人が、その人の力で、その人のリズムで、プロセスで・・・自分を取り戻す。
 
しかしながら、その願いが強くなるほど、聞き手はどうしても「施したくなる」。
・・・そこをグッとこらえるのが、なんとも難しかった。
でも、それをやってしまうと、「対話の場」に「聞き手の価値観」が渦巻いてしまい、クライアントの ”深いところにある思い” が言葉として出にくいパワーバランスになるようだ。
 
しかし、ペアワークなどで傾聴の練習をすると、なんとなくわかるのが。
「まず自分から緩んでしまい、リラックスしてみせ、その人が自分の力で輝いていくことを信じ切る」と。
「対話の場」に「深い受容の力・フロー状態」が生まれ・・・なぜかうまいこといくようだ。
 
話し手の気づき、覚醒を「願って」・・・でも施さずに「放置する」。これが一つの「傾聴の極意」のようだ。

「同感」ではなく「共感」していく

「放置」のカギとなるスタンスが「同感ではなく、共感すること」。
 
「同感」とは、いわば価値観の一致。
この「価値観の一致」をめざすと、「わかってもらえた」と「わかってもらえない」の二元論になる。
そこに、価値観のせめぎあいが生ずるのだ。
 
「共感」は、ただ受容的に聞く。つまりは

「あなたは」そうなんですね、と ”ただ受け入れる” こと。

それは、聞き手の価値観をぶつけて同じかどうか、という「聞き手のジャッジ」をしない世界だ。
そしてそのスタンスにこそ、話し手は「安心して話せる」という場を感じ、「深い思いの話」へ自然と進んでいくことができるようだ。

ペアワークのクライアントとなり、「ビリーフ解放が、まだ半開きだった」ことに気づく

ペアワークでカウンセリング役をやっていた時に出てきたもの。
 
よっちゃんは傾聴の進め方を焦ることで、クライアント役の仲間に「それはちょっと違う感じ」と言われたことで
ある感情が発動する。それは
 
「権威者(男性性の強い人)の期待に答えないと、その人を裏切り、失望させることになる」。
 
この思い込み(=ビリーフ)の源は、トーチャン。
 
そして。
このビリーフを克服するための、長きに渡る戦い。
・・・トーチャンからの「お前は間違っている」「お前は弱い」「お前はダメだ」「俺の正しさを守っていれば良いんだ」のジャブ。
・・・そんなトーチャンの ”モノサシ” を克服しないといけない、という「他人軸人生」を歩み続け。
その他人軸思考が、”他人軸being” が、どんどん同じ構造のパワハラ人生を引き寄せ・・・バーンアウトした。
 
でも、このビリーフは、こんな風に腑落ちし、癒やしたつもりだった。
 
「・・・そういうことが教育だと思っていたトーチャンも、ただ愛情ゆえに全力を尽くした。
そして、その”ダメで弱い自分” を克服するためにトーチャンのモノサシに向き合い続けた自分もまた、それしか方法を知らないまま全力を尽くした。」
 
「全力を尽くし、最善を尽くした。」
・・・これがビリーフ解放の、最終ゴールだと思っていた。
 
しかし、この「ビリーフ解放の扉」は、まだ半開きだったようだ。
 
今回のペアワークで、この「ビリーフ解放の扉」は、もっと開いたのだ。
 
それは
「トーチャンは ”強い人”。」
「最善を尽くした、これでよかった」という ”労いレベル” 以上に積極的な、全力評価。
 
これが腑落ちするのって、嬉しい。
 
トーチャンは、こちらが期待に応えないとガッカリするような、器の小さい人じゃない。
これこそ、思い込み。もっと信頼しても。
 
期待に応えられなくても、大丈夫だったのだ。
 
そもそも「期待」って・・・何だ。コチラで勝手に設定しすぎだったに違いない・・・
 
 
だから、期待に応えても、応えられなくても、どっちでもいい。
 
どっちでも、大丈夫。
 
それに、そんなことしなくたって、お互い自分の人生じゃん。
 
だって、自分の人生じゃん。
 
だからもう、自分の感情、信念を、自分の人生を生きたっていい。
だからもう、それができない「弱いよっちゃん」を、いつまでもやっていなくていい。
 
・・・あっ
 

そうだったの?・・・??

そんな自分をわかってあげちゃうと。
・・・「期待に応えなくてもいいよっちゃん」に気づいちゃうと、マズイ。
 
そうやって「弱い自分」に仕立て上げ、わかってあげようとせず、ハードルを上げ続け、「自分イジメ」をし。
 
・・・無いことにしていたのは 
「本当は自分の人生を歩むことができる ”本当は強いよっちゃん” 」だったのか・・・  
 
 
えぇ??えーーーーーーーーーまじーーーーーーー??  
だとしたらこれ・・・

めっちゃ恥ずかしいヤツじゃーーーん!!!!

「本当は強い」を知っていて、無いことにしている、って・・・逆にあざといし、プライド高いじゃん・・・
あぁ、もうやだ・・・マジやだwwwwww
 
・・・「よっちゃんは、本当は強い。」
 
ええぇぇぇぇぇーーーー・・・・
 
本当かなぁ・・・違和感あるわーーーー。
 
なんだかなぁ。
 

ペアワークのカウンセラー役へ交替。ワーク中に あやちゃんの ”援護狙撃” で、仲間のビリーフ解放が進む

今度は、よっちゃんがカウンセラー役。
 
ワーク中、見回りをしていた講師のあやちゃんが「ついつい”見えちゃった”」ようで、
聞き役よっちゃん の援護射撃となる言霊(=キラーワード)を、クライアント役の仲間へ放った。
 
さすがはスナイパー。
 
クライアント役のである仲間のビリーフに刺さり、自らの力で解放が加速し、癒えていくプロセスを目の当たりに。
 
よっちゃんは何もしなかったし、出来なかったものの・・・それが結果的に。 
「聞き手は何もしなくても、クライアントが自力でプロセスを進めていく ”場” というのは、こんな感覚なのだ」という体験をさせてもらうことが出来た。
 
クライアントが「今まで自身にフタをして、自身に ”感じさせてあげてこなかった”、本当の自分の感情」を、やっと今、しみじみと感じている場面を、ただただ放置してあげる・・・というのは、こういう感じなんだなぁ。
 
・・・と、こちらもしみじみした。

最後に

この講座での、学びは。
・・・自分が思っている以上に、異世界だった。
 
そして。
よっちゃん自身で「ザワザワし、キャッチ出来るビリーフの地雷原」はその都度処理してきたのに。
 
・・・まだ出てくる。
 
ということは、今後の学びで出て来る思い込み、自分に対して許可できていない、”タブーにしている事” って

さらに地中に埋まった「超~ヤバいやつ」。

「超」見ないようにしてるヤツ。
「超」コッ恥ずかしくて、情けなくて、腹黒くて、あざとくて、クソみたいな自分。
 
・・・だけだ・・・これはヤバイwwwwwwww
 
 
はぁ・・・
 
 
・・・多分、今のままでも、生活に支障がない程度に自分や他者、見ている世界に対して
適度にイライラモヤモヤしつつ、人間臭く生きることは可能なのかもしれない。
 
でも、今後の学びによって得るものは、それ以上に自分や他者、見ている世界を許し、受容し、感謝し、愛していくステージだ。
 
でも、それって。
・・・そんな学びって、もう

ドドドドド変態への片道切符かもしれん・・・

これはもう。
 
クライアントの「口から」、大切な言霊を引き出すために。
 
・・・まずは自分の思考と感情にある「恥部の深層」を

「肛門から手を突っ込んでお漏らしする覚悟」。

・・・そんな ”心の旅”を、せにゃならんのかもしれぬ・・・
 
 
あーーーーーーもーーーーーーーーーー
 
どぉーにでもなーーーーーれーーーーーー・・・・・・・
 
 
・・・
 
おしまい・・・・

おすすめの記事