「思考タイプ」である事を呪った、2日間。

ビリーフリセット®カウンセリング講座、第3講終了。

カウンセラーであり、音楽家としてもご活躍の大塚あやこ さん の独自メソッド、ビリーフリセット®を学び、カウンセラー、ないしカウンセリングパーソンを育成する講座。

今回は色々な意味で重苦しさを感じる学びだった。

「エニアグラム」を深掘りする

エニアグラムとは、人の気質(性格傾向)を9種類(タイプ1~タイプ9)に分類した診断ツール。

歴史が古く、科学的検証も進んでいるツールで
AppleやCIAを始め、名だたる大企業でも研修などに導入・採用されているものだ。

これを学ぶことで、性格を「良い・悪い」の二元論で捉える状態から脱し
それぞれを単なる「持ち味・特性」といった捉え方へと変容させることができる。

エニアグラムを扱っているサイトも多く、また簡易診断であればネット上でもできたりする。

今回はメインタイプの他、 ”ウイング” と呼ばれるサブタイプについても言及し、自己探求した。

9種類の気質を学び、インプットされると、人の雰囲気やエネルギー感(いわゆるオーラ)で
なんとなくこの人はこのタイプなのではないか、という感触も得られるようになるので興味深い。

例えば、声が大きく押しの強いエネルギー感の人は、タイプ8(親分肌タイプ)であることが多い。

各気質と「ステート」との関係

このエニアグラムにおいて重要な考え方として「ステート(健全度)」という考え方がある。
それぞれの気質にはもともと良いも悪いもなく、その健全度が上下するだけなのだ、というアプローチだ。
よく「人が変わった」という言い方があるが、それは「気質」が変わったのではなく「今、健全度か低い(高い)のだ」という捉え方になる。

9種類の気質、という ”横軸(面)” に、「ステート」という縦軸(深度)が加わることで、気質を立体的に探求するツールになっている。

そして、このエニアグラムの目的観は単に「診断」することだけでなく、それぞれのものの捉え方(世界観)や、成長の課題となる恐れを知り、その成長のために利用する、というものだ。

自身のエニアグラム「タイプ5」に見るものは

自分のエニアグラムは、タイプ5。最近改めて正式判定しても、最もタイプ5が高い。
そういえば、以前にこんな記事を書いたことがある。
無理矢理なろうとしていた役割を降りたり、自己探求が進んでありのままの自分が見えてくることで
「あるべき自己イメージ」から「本来の気質」へと、タイプが変容(回帰)する可能性もあるのだ。
【エニアグラム】 ”6の皮” を、ズルムケにする。

タイプ5というのは、いわゆる学者タイプ。
知識、論理、分析、洞察を得意とする、「深掘りの人」。
腹/本能 ・ 心/フィーリング ・ 頭/思考 の3つの(エネルギー)センターのうち、言うまでもなく思考センターのタイプ。
また、自己主張・遊離・追従 という3つの ”型” で分類した場合には、遊離型になる。
簡単に言えば、1匹狼タイプだ。
物事を1歩引いて全体を眺めるのが好きなタイプで、「本質」とか「根源」といったものを求めようとする。
物事の表より、背後にあるものを探ろうとする。

根源的に持ちやすい恐れは「能力がないことへの恐れ」。

ステートが低くなると、上記の恐れのあまり、深掘りの反対、つまり知識を求めてアレコレ色んな事へ”散漫に”手を出すようになる。
もともと遊離タイプなので、社会性をますます失って、ただの変人と化する。

逆に、成長によってステートが高くなると、恐れから自由になり、その深掘りによる知識などを発信し「師匠」として教えるような形で社会貢献するようになる。
一匹狼から変容し、元々の深掘り力に 既述したタイプ8、つまり親分肌的な能力が加味され表出するようになる、ということのようだ。

「心のクリアリング」はハードモード化? ~自分の場合~

とにかく、良くも悪くも頭が回るため、何事も「アタマ」で解決しようとする。
その分自分の「心」や「肚」といった、理由のない 深い感情世界にアクセスするのが下手。
だから傾聴等自主トレの目的である「心のクリアリング(クライアント体験)」において、感情を出す(自己開示)ことがスムーズにいかない。
そのくせ、そのアタマを回して「腑落ち感」を自己演出できてしまう。
それ位巧妙で、あざとく、臆病で、頭でっかち。

エニアグラムを学んだことで、そんな自分を呪いたくなることばかりが浮かんでくるようになった。
アタマと言うやつは、非常に厄介だ・・・

それでも ”思考の間隙” を縫って ”絶対に気づきたくなかった自分” を突きつけられる

これもまたプロセスなのだろうか。

それは、自身のエニアグラムタイプが持ちやすい世界観や、成長への処方箋を学んでいる時に、自分の”なか”に刺さってしまった。

思考タイプは、こういう「不意打ちで感情にアクセスされる」ことにはめっぽう弱いのだと思う。

その言葉を聴いた時の「自分の中に”それ”があった」という気付きの生々しさに、一瞬は笑ってしまったけど、その直後に

頭をハンマーで打たれたような急激な目眩と、吐き気。

それは「自分がそんな世界観を持っているなんて絶対に思いたくない」ものだった。

翌日の2日目の講義もあるので、お得意の「思考の鎧」で、ひとまず ”それ” を感じないようにして過ごした。

そして2日目。
その日は「マインドフルネス(瞑想状態)」になって
より深層のインナーチャイルドにアクセスする ”実験” の手法を習った。

・・・というと怪しげに聴こえるかもしれないが、この手法を体感した人なら誰もがそのパワフルさに驚くものだ。

そして自分もまたこの体験をするわけだが・・・
これによって心が開きやすい状態になってしまったことで、昨日感じた ”それ” の生々しさが蘇ってしまい
なかなかしんどい状態になりつつ、それをまた思考で耐えしのぐ、という過ごし方をした。

講座が終わり帰宅すると、たちまちグッタリし、ハンマーで打たれたような頭痛、目眩、吐き気、喉の締め付け、みぞおちあたりの痛みが翌日まで続いた。

「絶対に見たくなかった自分」の生々しさが身体反応として現れているのを感じ、またステートも急激に下がっているのを感じた。

翌日は早速の自主トレの予定だったが、そんな状態が翌日も続いたため、休むことにした。

自己を探求していくうえでの ”最深部” は、「闇」ではなかった。

もっと深いところに、「光」と「闇」をも飲み込むような ”それ” があるとは、思っても見なかった。

そして、なんとなく気づいたのは。

”それ” があるがゆえに、それを見たくないが故に・・・
”それ” を無いことにする手段として、自分は「思考タイプ」になってしまったのかもしれない、ということ。

だとしたら、自分はやはりこの ”傷” と向き合わなければならない。
まずは静かに、味わっていくしかない。
 
 
 
まさか、こんな状態で、もう一つの「心を学ぶ」講座へ臨むことになろうとは・・・
 
 
 
おしまい。
 
 

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