より深く、より豊かに、学ぶ。

ビリーフリセット®カウンセリング講座アドバンス、開講。

カウンセラーであり、音楽家としてもご活躍の大塚あやこ さん の独自メソッド、ビリーフリセット®を学び、カウンセラー、ないしカウンセリングパーソンを育成する講座。

そのベーシック講座を受けての、アドバンス課程が始まった。

「理知の力」に「感性」を有機的につなぐ

これまでのベーシック課程では、このビリーフリセット®の持つ「理知性」を主に学んだ。

このメソッドは「心のこと=アヤシイ」という抵抗感のある人にとっても入りやすい、
「心」というものに対してロジカルにアプローチできる側面を持つメソッドである。

その一方で、このメソッドの落とし所はやはり、本人の「実感」という部分だ。

だから、そこには「感じる力=感性」という側面もまた、欠かせないものとなる。

そこで今回は「感じる」ということにフォーカスしたワークも行われた。

OSHOカードに問を立て、「感じてみる」

気づきを得るためのツール「OSHO禅タロット」を用い、「このアドバンス課程における過ごし方のテーマは?」という問いを立てる。


HARMONY。
そのカードからのインスピレーションを、ただ「感じて」みる・・・

その瑞々しいエネルギーの波は「こころ=感性」から「あたま=理性」につながり、降り注ぐ。
その有機的統合、そしてその「調和」の大切さを、今回のアドバンス課程で学ぶ。
 
そして2頭のイルカは、まるで今受講しているこのBRCとLPL講座の”両輪”をあらわしているように見えた。
また「遊び心」の象徴でもあるイルカは、伸び伸びとその「理性」と「感性」の両輪を泳いでいる。
 
私はただ目を閉じてそのエネルギーを感じ、その中にとどまり、気づいている・・・
 
 
BRCアドバンスへ、ようこそ。
 
 
・・・このカードから聴こえたのは、そんな「声」だった。

”私ではない” 自我の衣を見抜き、「光の人」に覚醒めていくために

私たちが ”生き辛さ” を感じているとき、それは自己と同一化したマインド、エゴと言われるものによって
”何か” を支配し、その ”何か” を気づかないようにしている状態にある。

固定概念や常識、役割などが複雑に編み込まれた「自我の衣=思い込み、信じ込みのプログラム」をまとっていて
しかも、それを「まとっていること」自体に気づかなくなっている。
そのプログラムは「良い・悪い」といった類の二元性を生み出し、あなたを翻弄し続ける。

そして、それがなぜか生き辛いのは、なぜか。

・・・そこには、「深いところにある魂の本音=真我」とでもいうべきものが存在するからだ。
 
 
自我=真我なのであれば、あなたのなかに「葛藤」や「分離」が起きることはない。

だからこそ、「あなた=自我」ではないのだ。
だからこそ、「あなた=自我ではない」という点において「生き辛いという”実感”」と
その中に隠し持っている ”何か=真我” が、あなたのなかに存在している。

ビリーフリセット®はそこに目を向け、同一化しているマインド、エゴによる思い込み・信じ込み、つまり「ビリーフ」を見抜き。

・・・まずはそこから、「距離を取る」。
距離をとって眺めることで、それが「自分ではない」ということに気づけるからだ。

そして、気づいたところで、そのビリーフが「あなた=真我にとって”真実かどうか”」の「探求」をする。

こうしたプロセスによって、「私=自我のシルエット」だと”思い込んでいた私”を離れ
「私のシルエット=真我のシルエットである」という真実へ、”自己一致” を図っていくことができる。

あなたが、あなたにとっての「光の人」であることに、気づいていく。

だからこそ、対人支援を目指す人は、そのことを「まず自分において実感する」ために
自らをクリーニング・クリアリングしていくことが大切なのだ。

自分の中に「光の人」があることをまず信じ切ること。
・・・それを他者に投影していくことが、対人支援の在り方・眼差しとなるのだ。

人としての「神性」「仏性」は、エゴさえも統合する力がある

「光の人」に宿るのは ”神性” とか ”仏性” とでもいうべき、高次の意識だ。

しかし、もし私たちが聖人君子ならば、その高次の意識によってエゴとかマインドといったものを どこまでも排除していくのだろう。

しかし私たちは、清濁併せ呑む 人間。
そして、だからこそ・・・

これまでどんなに生き辛くても携え続けてきたエゴ、ビリーフさえも排除することなく「統合」することができる。

なぜなら、そのエゴ、ビリーフの「探求」によって、それらを持ち続けた背後にある

”愛を見つける事ができる” から。

自らを生き辛くしてきた「自我」をも・・・探求し、愛に気付き、包み込んで・・・統合する。
・・・これこそが人間の智慧であり、聖人君子ではない”人間であることの醍醐味”であると思う。

そんな ”神性” ”仏性” を持った、「光の人」。

・・・それはもはや、人がそれを「信じ切るか、信じ切らないか」という二元性のうちにすら存在していないのだと思う。

それらはもう、「ただ在る」のだ。
しかしながら、その「ある」ことへの「気づき」が、まだ起きていないだけなのだ。

そこには人それぞれの気付きのタイミング・ペースといった ”季節” と ”プロセス” そのものが、ただあるだけなのだ。

もう「在る」のだから。
・・・対人支援者のやることというのは「それを想い・プロセスを敬い・気づきを祈ること」だけなのだと思う。
 

「ビリーフ」あっての「アクション」

それでも人は「ビリーフ」があって初めて、「アクション」を起こすことができる。

例えば、足元にスリッパがあったとき・・・
それを「スリッパ」と信じ込み、「履く物である」と信じ込んでいるから、「スリッパを履く」という”アクション”を起こせるのだ。

その”信じ込み=ビリーフ”がなかったら、その”スリッパなるもの” は、ただの「謎の物体」となってしまう。
 
 
「ビリーフ」があってはじめての「アクション」。
・・・ならば、その「アクション」に至る”フローチャート”を逆進すれば
自分がその「生き辛い自動反応・ストーリー」を繰り返している原因=ビリーフ を突き止める事ができる。

そのフローチャートを構成する要素は、そのストーリーが起きた時 自分に生じている「反応」や「感情」や「解釈(考え)」。
・・・したがって、それらを ”観察する” ことによって、そのエンジンとなっているビリーフが見えてくる。

それは日常で”練習”できるし、自己を俯瞰して「ビリーフから距離を取る」力の育成にも役立つものだ。

”自分事” への探求の道は続く

日常で”何かひっかかった”アクション(ストーリー)から「ビリーフ」を探していくワークを、講座内でやった。

その どちらかと言うと理知的なワークから出てきたビリーフを発見したとき、
自分の中に「ある慣れ親しんできた体”感覚”」がよみがえった。

理知的ワークから、今度はその「感覚」に、とどまってみる。
・・・するとその「慣れ親しんだ何か」は突然、とある”物体の姿”となって、意識の中で像を成した。

・・・今度はどうやら、この”物体”と向き合うことになるのだろう。

ビリーフリセット®カウンセリング講座アドバンス。
・・・さらなる深みの中を、泳いでいこう。

おしまい。

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