仲間と共に。

ビリーフリセット®カウンセリング講座・アドバンス。

カウンセラーであり、音楽家としてもご活躍の大塚あやこ さん の独自メソッド、ビリーフリセット®を学び、カウンセラー、ないしカウンセリングパーソンを育成する講座。

今回はそのアドバンス課程、最終講。

二元を超え、二元を手放す

人が何かを悩み、苦しむのは、物事の「二元性」に身を置くため

そして、その「二元性」の ”創造主” は、他ならない「自分自身」だ。

自分自身のエゴが、「良い」と「悪い」、「肯定」と「否定」を生み出している。
そしてその二元性を自分へ、他者へ、世界へ投影して当てはめ
「そうならないなぁー」「そうあるべきなのにー」「こんなはずじゃないー」と悩み苦しんでいる。

単なる事実に ”二元包丁” を入れた瞬間から、”終わりなき戦い” が始まる

世界に存在する「事実」というのは元々、何の意味付けも価値付けもなく「ただそうあるだけ」の存在だ。
それに対して自身のエゴがバサリと ”二元包丁” で「良い」と「悪い」、「良い」と「ダメ」に区分した瞬間・・・

終わりなき戦いが、始まる。

人間のエゴは「良い、正しい」を好む。
それゆえに「悪い」と「ダメ」の撲滅運動を始め、「良い、正しい」でそれをを制圧しようとする。

しかし、そうやって「良い、正しい」の裾野を広げようとするほど、「悪い」や「ダメ」の存在感は、増すばかりなのだ。

それは、なぜか。

・・・「良い、正しい」という要因が、「二元性というシステム」の片棒を担いでいる張本人だから。

”良い”さん・”正しい”さん が「私一人になりたいの!」と叫ぶ理由が、
そもそも「”悪い・ダメ”がある」と自分で決めているから、なのだ。

「この戦いは、終わらない」と、実は自分で、決めている。

だから、終わらない。

「二元性」の土俵を、降りるために

”そうであっても、そうでなくても、どちらでもいい”
・・・これが、ビリーフリセットがめざす境地を表す、在る種の ”御真言” だ。

そして、上記の ”いい” 、というのは。

「力なき諦め」では、決して無い。
「力押しでの割り切り」でも、決して無い。
 
・・・そのどちらでもない、
 

慈悲。

360度、全方位、そのまんまあっていい。

そんな”許し”の境地だ。

元々事実というのは、”だたそう在るだけ” だったのだ。

そもそも ”どちら” という概念すら、無いものだった。

そこに”二元包丁”を入れて入れていたのは、ほかでもない自分だった。

「私がそう、思い込んでいたんだね。」
「私がそう、裁いて、決めていたんだね。」

・・・そんな自分に、まずは「俯瞰的に気づく」こと

あの人は「悪い人」なのではなく、単に「そういう人」なだけ。
あのことは「悪いこと」なのではなく、単に「そうだった」だけ。

心の世界を、そういう風に、”二元包丁”を入れる前の状態に、戻すこと。

それは何よりも、自分自身への慈悲でもあるのだ。

それは羽黒山修験のことばを借りるならば、まさに「うけたもう」の境地なのだ。

自分の領域、自分軸に、戻る

人は心に傷を負うとき。
その傷が、あまりに辛くしんどいときほど、ある「誓い」を立てる

私が傷つけられたのは
私が見捨てられる人間だから。
私が無力な人間だから。
私が異質な人間だから。
私が愛されるに値しない人間だから。
私が居ちゃいけない人間だから。
 

そうやって、「自己への否定的納得」を持つことで
「傷つけられたことへの”訳がわかることで安定しようとする”」というプロセスを得る。

そして、もう一つの「誓い」。
それは、「二度とこの痛みを味わわないようにするための誓い」を、立てるようになる。

「思ったことを言うと、批判される。」
「人の期待に応えないと、見捨てられる。」

・・・だから、そうならないように、頑張る。
そのための「飽くなきルール作りと実践」の世界へ、沈んでいくのだ。

なかでも重大な傷は、やはり「親との関係」において作られるものがほとんどだ。

あなたは何も、悪くなかった

でもそれは、本当なのだろうか。

あなたにその傷を植え付けた「あの瞬間の、あの親、あの人」が「マトモではなかった」可能性は、無いだろうか。

普段は「愛ある親、愛ある人」である、あの人であっても。
「あの瞬間の、あの親、あの人」だけは「マトモではなかった」可能性だって、あるんじゃないだろうか。

そして「あの瞬間の、あの親、あの人」が、どう「マトモではなかった」のか。

それは

自我が、オカシイ。

自我が肥大し、捻じくれて、暴走した瞬間。

・・・その瞬間のその人は、もはや

バケモン。

バケモンだから、小さいあなたに「男の子が、女の子が、欲しかったのに」とか言っちゃうのだ。
バケモンだから、小さいあなたに「こんなの俺の時代じゃ、されて当たり前だから」とかやっちゃうのだ。

自我がマトモじゃないバケモンが、その瞬間には、その刹那においては、存在していたのだ。

その瞬間のあなたは、何も悪くなかった。
あの瞬間のアイツラが、単にバケモンなだけだった。

だからもう、言ってやれ。
あの瞬間の、あのバケモノ共に、言ってやれ。

あなたの中の「内なる子ども」に、言わせてやれ。

 
 
もう、いいから。
 
 
我慢も、気遣いも、子どもなのに・・・十分やったから。
 
・・・もう、言わせてやれ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
うるせー、バカ。

・・・これぞ、「内なる子ども、内なるあなた」が「内なるバケモン」を退治する、御真言。

理屈抜きの、ビリーフリセット。

そして、それを「言えて、癒えた」とき。
・・・あなたの中には、「愛なきバケモノ共だったあの瞬間、あの時間帯」以外の、「愛ある あの親、あの人たち」だけが、残るのだ。

仲間のプレゼンが素晴らしかった

アドバンス課程の最終講として、これまでの学びでの成長を仲間たちがプレゼンした。

皆さんそれぞれに、真摯に、勇敢に、真正面から、自己と向き合い、成長し。
・・・これまでのことを受容し、統合していくプロセスが、描かれた。

そして、その中かから出てくる「ほんとうの言葉たち」に、感動した。

仲間の皆さんに、尊敬の念と共に、愛おしさを覚えた。

みんな、本当に素晴らしかった。

ベーシック・アドバンス課程を終えて

BRC講座を通しての、心の旅。

それは職業カウンセラーを目指すということのみならず、自己探究を通して、これまでの人生パターンを支配していたビリーフを手放すことのできる講座だった。
これまでの人生が「なぜそうなっていたのか、という本質について”訳がわかるようになる”」講座だった。

そして、内なるカウンセリングマインドを醸成し、これまでのことも受容し、統合し、これからを進んでいくための講座だった。

まさに「自分にOKを出して、前に進む」ための講座なのだ。

BRCベーシック・アドバンス講座、無事修了。
講師のあやちゃん、仲間の皆さん、本当にありがとうございました!

おしまい。

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