今回も語るよ、「アレ」と「アレ」。

よっちゃんです。
 
これまでも書いてきたとおり、自分は「自己抑圧・他者忖度」による ”他人軸人生” の果てに
その価値観の限界を迎え、心身が悲鳴を上げることでその生き方が強制終了した
 
バーンアウター です。
 
なので、もう少し厳密にカテゴライズすると、よっちゃんは
 
「他人軸型バーンアウター」。
 
そんなバーンアウターが「燃え尽き」によって図らずも感得してしまった「境地」が、どうやらあるようだ。
 
最近それが、わかってきたので、書いてみようかと。

「バーンアウト」によって心と体が ”全否定” した、「アッチの世界」

「アッチの世界」、というのは、こういう世界。
 
やりたいことがあるけど、我慢してやらない。 やりたくないけど、頑張ってやる。 本当はそれが好きだけど、そんな感覚は正しくないから、あってはいけない。 本当はそれがイヤだけど、そんな感覚は正しくないから、あってはいけない。 本当はこう思ったんだけど、そんな価値観はみんなと違うから、いけないと思う。 自分の価値観、感覚を尊重したいけど、それは人に寄り添うことができてからのことだ。  
そんな自分でいるのはウンザリだけど、そこから出ると大変なことになる。  
大体こんなところか。
 
そしてそんな価値観で生き続けた末、心と体が、こう言ったわけだ。

「もうやめろ!もうたくさんだ!」

...この「心身の叫び」は、燃え尽きた人間にしか聞けないのかもしれないけど。
 
そうして痛い目を見ることで、ようやく腑に落ちる。

「アッチの生き方は、もう終わり。」

「アッチの世界」で崇拝してきたビリーフの、正体。
自分を支えてくれていると信じてきたビリーフの、正体。
それは
 
死神だった。  
そして、それに気づくための「バーンアウト」と引き換えに、今度こそ。
 
真の、真実の「神ビリーフ」に到達する。  
それは

自分の心と体の声 =”魂の声” に従わないと、ダメになる。

これが、真の「神ビリーフ」だ。真の「人生の拠り所」だ。  
魂が死に続ける「アッチの世界」から脱落し、観念し、感得した、神ビリーフだ。
 
・・・「バーンアウト」によって産声を上げた 
魂の声。  
そして魂は、こう叫ぶ。

やりたいことは、やりたいこと。
やりたくないことは、やりたくないこと。
本当は好きなことは、本当に好きなこと。
本当はイヤなことは、本当にイヤなこと。
本当は思ったことは、本当に思ったこと。
自分の価値観・感覚は、自分の価値観・感覚。
 
そんな自分で、いればいい。
 
 
 
そして、そんな境地でもう一度「アッチの世界」を、眺めてみる。
 
---
やりたいことがあるけど、我慢してやらない。 やりたくないけど、頑張ってやる。 本当はそれが好きだけど、そんな感覚は正しくないから、あってはいけない。 本当はそれがイヤだけど、そんな感覚は正しくないから、あってはいけない。 本当はこう思ったんだけど、そんな価値観はみんなと違うから、いけないと思う。 自分の価値観、感覚を尊重したいけど、それは人に寄り添うことができてからのことだ。  
そんな自分でいるのはウンザリだけど、そこから出ると大変なことになる。
---
  
...って、

なんなんだ、これは。

その、「けど」に続くものは、なんなんだ。
 
「魂の提案」と、違う。
 
”けど以下” の ”提案者” は、誰だ。
 
...そう、その提案者とは
 

脳。

...というわけで、今回も「魂」と「脳」の比較で語ります(笑)。
 
 
・・・しかしまぁ、よくこの「けど以下」のような 複雑な提案が思いつくもんだ。
 
そのクセして。
...その”けど以下”のせいで、
宿主が行き辛くなっていることに対しては、頭が回らない。 脳って、アタマ良すぎてバカ。  
 
それに比べて「魂」は、シンプルだ。
やりたいことは、やりたいこと。
やりたくないことは、やりたくないこと。
本当は好きなことは、本当に好きなこと。
本当はイヤなことは、本当にイヤなこと。
本当は思ったことは、本当に思ったこと。
自分の価値観・感覚は、自分の価値観・感覚。
 
そんな自分で、いればいい。
魂って、愛すべきアホ。 ・・・最高やん。
 
 

そして・・・ここまで気づいてしまった、たどり着いてしまった「バーンアウター」の、境地。
 
それは
 
 
自分の脳なんかに、”魂”を売ってる場合じゃない。
 
そんなことしたら、魂の声に従わなかったら、心と体がダメになる。
 
だからもう「アッチの世界」には戻れない。
 
そして

もう、戻るもんか。

これが

バーンアウターの、境地。

自分の「こうやりたい」「こうありたい」の声を、無いことにすること。
そのために新しい事を始めることを不安がり、怖れること。
 
...「バーンアウター」にとっては、そっちの方がよっぽど恐怖だ。
 
だって、それはまさに
再び「アッチの世界」に引き戻される行為だから。  
そしてその不安や怖れを ”提案してくる” のは、「脳の仕業」によるものだ。
 
だからこそ

「脳なんかに、魂を売ってる場合じゃない」。

売ってたまるか。
 
売ってたまるか。
 
もう、たくさんだ。
 
ウンザリだ。
 
そんな「アッチの世界」はもう、お腹いっぱいだ。
 
 
だからこそ。
心身は一度燃え尽きたけれど、命だけは助かった「バーンアウター」は
 
これからの人生を「魂」に誓いを立てて、生き直すのだ。
 
 
 
・・・これが「バーンアウター」の、境地である。
 
 
 
おしまい。

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