終わりなき抑圧の裏で、実は醸成していたもの

病的ナニクソパワーで、やりたくないことも無理矢理やり抜けるようになってしまった頃。
 
一時期、父と姉の仲が悪く、ぶつかっていた。
 
原因は、要は姉が自分の思うままに行動するようになったため。
 
この家族の”正しさ”を司る父の多重的ジャッジからすれば当然にして、イケナイことだらけ。
 
べきべき、ねばねば。並びたてては衝突。
 
自分が怖かったのは、その反応の仕方だった。
 
「俺の言うことだけ聞いてればいいんだ!」と
床に突っ伏して、怒る。
 
怖かった。
 
未解決なコドモの頭で。
父の正しさを壊さないために。
正しさが壊れて、すべてを投げ出してしまわないように。
そうして、家族を壊さず守るために。
コドモのままの頭で、精一杯考えた。
 
その方法として矛先を向けたのが、自分。
 
自分への抑圧。自分への無価値感。
 
しかし。
 
その代償として醸成してきてしまったものが
子供のようにわめき散らす父の姿を見ているうちに、ムクムクと呼び覚まされてしまった。
 
それは。
 
「そうさせられてきた!」という、憎しみ。
でもこれも結局、こちらの身勝手な思いなんだけど。
 
内なる修羅。ヤバイ位に、どす黒い感情。
自分の中にそういうものがあるなんて。恐ろしくなった。
 
でも、抑えた。渾身の力で、グッと抑えた。
なんでこんなものが、自分のなかに・・・
 
家族が大事。
 
家族が壊れないのだったら、自分の感情、自分の無価値感など、取るに足らなかった。
 
そんなもの、どうでもよかった。
 
 
続く。

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