終わりなき抑圧の裏で、実は醸成していたもの

病的ナニクソパワーで、やりたくないことも無理矢理やり抜けるようになってしまった頃。
 
一時期、父と姉の仲が悪く、ぶつかっていた。
 
原因は、要は姉が自分の思うままに行動するようになったため。
 
この家族の”正しさ”を司る父の多重的ジャッジからすれば当然にして、イケナイことだらけ。
 
べきべき、ねばねば。並びたてては衝突。
 
自分が怖かったのは、その反応の仕方だった。
 
「俺の言うことだけ聞いてればいいんだ!」と
床に突っ伏して、泣きわめくように、怒る。
 
...まるで、子供のように。
 
今思えば、まだ中卒時点で「お前には帰る所はないと思え」と父の父(自分からみると祖父)に告げられ
集団就職し、従業員の立場から婿養子になり、介護と仕事の両立を仕切ってきた父に
未解決なコドモが居ない訳がないのだ。
 
だから、あの時の父の反応は、自分が正しくないとダダをこねる、父のインナーチャイルドだったのだ。
 
そんな未解決なコドモを残したままの親に育てられた自分は、当然にして、同様にして、アダルトチルドレンに育てられる。
 
これが、「家族連鎖」ってヤツだ。
 
未解決なコドモの頭で。
父の正しさを壊さないために。
正しさが壊れて、すべてを投げ出してしまわないように。
そうして、家族を壊さず守るために。
コドモのままの頭で、精一杯考えた。
 
その方法として矛先を向けたのが、自分。
 
自分への抑圧。自分への無価値感。
 
しかし。
 
その代償として醸成してきてしまったものが
子供のようにわめき散らす父の姿を見ているうちに、ムクムクと呼び覚まされてしまった。
 
それは。
 
「そうさせられてきた!」という、憎しみ。
 
内なる修羅。ヤバイ位に、どす黒い感情。
自分の中にそういうものがあるなんて。恐ろしくなった。
 
もしこれを解放してしまっていたら。
 
自分は、その突っ伏している父の顔面を、首の骨が折れようがお構いなしに渾身の力で蹴り上げ
「アンタの正しさなんか知るか!こっちがそのお守りをしてやってんだぞ!」と啖呵を切り
後先考えず家を出ていたと思う。
 
でも、抑えた。渾身の力で、グッと抑えた。抑えることができた。
 
家族が好きだから。
 
家族が壊れないのだったら、自分の感情、自分の無価値感など、取るに足らなかった。
 
そんなもの、どうでもよかった。
 
 
続く。

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