ありがたや、空気。

今回体験した、大聖坊での山伏修行。
(記事はこちら:【羽黒修験】すべては ただ ”うけたもう” なかに ~大聖坊山伏修行体験記~

実は、こちらで紹介しなかった修行が、まだある。

例えば 床固め(とこがため)・・・いわゆる、座禅。
そのほかには勿論、ひたすらに祈りを捧げる勤行。

そして、今回の修行で最もユニークさを感じたのが・・・

南蛮いぶし。

行者が堂に籠り、ピシャリと戸を閉められると・・・
大量の唐辛子などを燻して行者を煙攻めにし、その中で勤行を行うという、羽黒修験独特の 正に”苦行”だ。

これは 六道、ないしは 十界 と呼ばれる世界観における「地獄」を象徴する、”地獄行” である。
 
 

いざ・・・うけたもう!

道場内で正座し、「何か」が始まるのを待っていると・・・

かけている眼鏡が、曇りだした。

そしてその曇りっぷりは、水蒸気と呼ぶには・・・なんとなく、白みがかっている・・・

うぅわ・・・

と同時に、道場内にこだまする、数多の ”咳”。

喉に、ジリジリとした痛みが走る・・・・どうにか咳を抑えつつ、勤行に参じようとするも・・・

声が、詰まる・・・拝詞が、般若心経が・・・途切れる・・・

一度呼気が乱れ咳き込むと、止まらなくなる・・・それをなんとか踏みとどまり、勤行に戻る。

この繰り返し。
もっと時間が長ければ、どんどん眼から鼻から”液体”が出ることになったであろう。

行が終わると、その戸が開けられると共に、皆静かに・・・それでいて一目散に、道場を出た。
 
 
普段は見えもしなければ、意識もしない、空気。
その存在が「確かに在る」ことを、思い知る。

その有り難みを、思い知る。

人がその「生」を受け続けるためには・・・何より、「空気」が必要だった。

絶えず最も傍にありながら。
途切れることなく享受し続けていながら。
当たり前のように忘れているもの。

まさに「見えない大いなるもの」に、生かされている。

・・・そんなことを「からだ全体」でひしひしと感じる行だった。
 
 
衝撃的ながらも、ありがたい体験でした・・・
 
 
おしまい。
 
 
 

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