恐ろしい話を、自分に対して、してしまおう。

さてさて。
 
「心の学び」を、仲間と共にしていると。
 
たびたび、出くわすものが、ありまして。
 
それは

ブレイクスルー。

現状を変え、自分を変える、大躍進のこと。
 
 
・・・「心の学び」を通して、自分の「あり方」が整ってくると。
 
その人の中で、自身にフタをしてきた「何か」の鍵が外れ、突き抜ける瞬間がある。
 
いわゆる
「パッカーン!」 ってヤツだ。
 
イェイ。
 
そして、その瞬間には決まって、出会いたかった人や、やりたかった出来事が
「待ってました!」と言わんばかりに、その人のもとへやってくる。
 
不思議。ブレイクスルーって、不思議。
 
・・・と思っていたけど

なんか最近、不思議じゃない気がしてきた。

ブレイクスルーする人には、ある共通点がある気がするのだ。
 
それは。
自分を変えたい!と願ったとき、
①:「そんなことしたら、ダメになる!」という ”内なる声” を、突破すること。
②:「どうせ私には出来ない=無力ビリーフ」を、突破すること。

 
これが出来ている人たちなのだ。
 
そして、そこまでわかると、逆に見えてくるもの。
 
それは

...それさえ突破しなければ、今のままでいられる、というメリットの存在。

 
甘くて魅惑的な、蜜の味。
 

なのに、ザワザワ、モヤモヤする。

 
パッカーン!した人たちが、驚くほど表情を生き生きさせ、軽やかに、しなやかに人生を進んでいき、
それでもダメにならないどころか、ますます大丈夫になっていく様を、目の当たりにしてしまうと
 
ザワザワ、モヤモヤする。
 
だけど自分には、内なる「そんなことしたら、ダメになる!」と「無力ビリーフ」のタッグが、待ったをかける。
”おい、自分!私達がいるからこそ、お前は危ない橋を渡らずにすむのだぞ!” などと、威圧してくる。
 
どうして、そうなるんだろう。
 
「ダメになる!」って、何だ。
「無力ビリーフ」って、何だ。
 
...これをもう、見破ってしまおうか。
恐ろしいけれど、今後の自分のために
 
もう、見破ってしまおう。
 
それをもって、ブログ100記事記念、とシャレこもうではないか。
 
・・・いきますか。
 
 

「ダメになる!」の、正体。「無力ビリーフ」の、カラクリ。

これを見破るには、どうしても、ある視点が必要になる。
 
それは
 
「魂」と「脳」は、別物
 
という視点。
 

脳は「変化が嫌い」。変化しないためだったらいつだって、自分を欺く

とにかく脳は「変化が嫌い」。
 
そんな脳の仕組みの話は今やすっかり浸透してきている。
 
で、逆にいえば、脳は「習慣化されたことをする」のが大好き。
 
・・・そして、この「習慣化されたこと」に含まれるのが

「自分の価値観」そのもの。

思考と認知の、「習慣化」。  
それが、価値観というものだ。
 
ということは。
その ”思考・認知習慣である価値観” の大転換が起きようとするものなら 

もう必死の形相で、脳は ”待った” をかけてくる。

「そんなことしたら、ダメになる!」
「ダメになるぞ!!」
 
脳ミソ組合が発する、シュプレヒコール。
 
で、ここで気づくのは、
脳にとって「ダメになる!」の指標は、それによって「価値観(=認知・思考習慣)の大転換」が起きるかどうか、だけであって それが自分自身にとって良いことか悪いことか、は関係ない、ということだ。
 
というわけで、ここまでの結論、その1。 

結論1:「そんなことしたら、ダメになる!」とは、「脳にとって」「習慣化されてきた価値観が崩壊すること」をいう。

そして。
・・・ここまで書くと、やはりピンとくる。
 
 
その ”価値観の大転換” の最たるものの1つが

ブレイクスルーなのだ。

おぉ、話がつながってきたぞ。
 
そしてまた、考える。
 
もしブレイクスルーが「突発的事象」ならば。
脳がそれに対し、ダメになるぞ!という声を「事ある毎に上げ続ける」ことは、なんだか矛盾がある気がする。
 
つまり、こう思うのだ。
 
脳は、知っている。
ブレイクスルーが、目の前で常に準備されていること。
いつ発動するか、わかったもんじゃないこと。
その力、つまり ”思考・認知習慣を転換させる力” の大きさが、ハンパではないこと。
 
そんなことされたら、たまったもんじゃない。
 
ということは。
ブレイクスルーの主は、脳ではない。
 
脳以外に、強烈なパワーを持った、自我構成体が、存在する。
 
・・・それが、つまりは

魂・・・と考えるほかない。

魂。
 
・・・先ずはこれでもって、説明してみよう。
 
魂が、ブレイクスルーの、主である。
魂は常に、ブレイクスルーの準備をしている。
これに対して脳は、そんなのまっぴらごめんだ、と考えている。
 
そして。
 
脳の「ダメになる!」とタッグを組んでいる「無力ビリーフ」の主も当然、脳の方だ。
なにしろ、ブレイクスルーとは、その両者を突破することなのだから。
 
となると今度は、ブレイクスルー抑止策がなぜ、「ダメになる!」オンリーではないのか。 
・・・もう一度、考える。
 
・・・「ダメになる!」が抑止したいものは、ブレイクスルーによって「習慣化が崩壊する」という側面だ。
 
となると。
「無力ビリーフ」によって抑止したい、ブレイクスルーの持つ別の側面が、まだあるということか。
 
それってなんだろう・・・あぁ、これは簡単だ。
「ビリーフ」そのものが、何かを「無いことにしようとする」ものなので、
その「無いことにしようとしているもの」を見ればいいのだ。
 
ここで無力ビリーフを見た場合。
その「無いことにしようとしているもの」というのは、もう「無力の逆」でしかない。
 

・・・え?

それって要するに
「本当の自分は有能であり、それを発揮するための全てに出会ってもいいことに、気づく」・・・ってこと?
しかも、魂に言わせれば、それは常に準備されているもの、だってこと?
 
ないないない!ありえない!自分が有能な訳、無いじゃん!
 
 
・・・あ゛

そうか、これが魂に対する「脳の声」か(笑)。

あーーーーー。まじかーーーーーーー。
 
でも、そういうことになるよなぁーーー。
 
・・・とりあえず、結論その2。

結論2:「無力ビリーフ」とは、ブレイクスルーによる「習慣化の崩壊」防ぐため、
「常に準備されている ”本当の自分が持つ有能さと、そのための全てに出会う権利”」を無いことにするための ”信じ込み” である。

いやー。
 
恐ろしい仮説。
 
魂はいつだって、本当は有能な自分に許可を出し「ブレイクスルー」する準備が、出来ている。
脳はそれに対し、「ブレイクスルーのせいで折角 ”習慣化” してきたこれまでの価値観が大崩壊されては、ダメになる!無力ビリーフよ、ヤツ(魂)を抑えるのだ!」とやっている。
 
となると、ダメだと思い込んでいる自分に対してモヤモヤ、ザワザワしているのは、「魂」の方か。
 
「魂の意志」が、出たがっているのか。
 
・・・きっと、そうだ。
 
そして

ブレイクスルーした人とは、「魂の意志」 が「脳の意志」に打ち勝った人、ということか。

なんだか、納得。
勝手に、納得。 
妙に、納得。
 
じゃあ今のこの自分の、「脳優先で言い訳ばかりして、ブレイクスルーしたがらない状態」を、どうすりゃいいのさ。
 
考えて、みますか。

「魂」が「脳」に打ち勝って、ブレイクスルーするには

これはもう、頑なな脳を、だましだまし緩めていくしかないのでは。
 
となると、必要なのは
 
「習慣化の力」。
 
習慣化の力で、脳をだましていく。
 
具体的にはどんなインパクトを、脳に与えたらいいのものか。
 
・・・って考えると、やっぱりこれかな。

今のままでもいいんだよ。でも、本当の自分の力を引き出しても、いいんだよ。

このメッセージを、脳に対して、習慣化する。
 
すると。
脳にとっては「今のままでもいい」ので、「ダメになる!」の声をあげなくてすむ。
その一方で「本当の力を引き出してもいい」の選択肢を、だましだまし表に出していく。
 
そして、いつのまにか「脳の意志=今のままでもいい」と「魂の意志=本当の力を引き出してもいい」の両方が、「”どっちでもいいんだよ”状態」で、出揃う。
 
ここで何が起きるのか。
 
脳=理性=顕在意識=5%
魂=感性=潜在意識=95%
 
議決権が強いのは、どっちか。
そして、この ”本来のパワーバランス”に、従えるか。
 
決断することが、できるようになる。
 
・・・こうやって、「魂」が「脳」を、突破するんだろう。
 

さてさて。なぜここまで、変態的な独り言を、お読みくださったのか。

「そんなわけないだろ!脳も魂もない!自分はどうせ無力だわ!有能になるための出会いも無いわ!」って、思うためかな。
 
でもって、そう思った自分に、ザワザワしたり、するのかな。
 
・・・ここまでくるともう、よっちゃんの仮説は、どうでもいいのだ。
 

「脳も魂もない、自分はどうせ無力だわ!」って言い聞かせてるの、脳と魂のどちらなんだろう。
 
それにザワザワするの、脳と魂のどちらなんだろう。
 
自分はどっちの人生を、生きたいんだろう。
 
 
 

どっちでもいいんだよ。
 
どっちでも、いいんだよ。
 
 
おしまい。
 
しかしまぁ、変態的な独り言、だこと。
 

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