【自他分離】家族だからこその、「知らんがな」。

法事前夜の、一場面。

うちの祖父母の法要を明日に迎え。
 
...まぁ、姉の家族とうちの家族だけでやるんだけど。
 
ちょっとバタバタしていたところの、話。
 

トーチャンの ”プチ決心” を、聞かされる。

トーチャンからすると、姉夫婦に対して。

お年始とか、節目的なタイミング含め、我が家にやってくるとき。 
その来方というのが、ちょっとユルイというかキャッチーというか。 
別の一家としての「訪問感、ご挨拶感」が薄い。
・・・のが気に入らんらしい。
 
トーチャン、東北の超保守的・且つ、ゴリゴリ村社会の人。
時代が時代だけに兄弟親戚も多い。
「本家」とか「分家」とか、そういう言葉がボンボン飛び交う感じ。
 
そんなトーチャンからすると、姉夫婦に対して、そういう距離感のなさがご不満だったらしく。
 
「この法要を機に、ケジメをキチンとして接して、かつそういうことを教えたい」
 のだそう。
 
で、姉夫婦に教えたいその辺の「礼儀」「常識」「普通」「しきたり」を
なぜかよっちゃんに聞かせる。
「よっちゃんは大丈夫だろうけど」といいつつ、聞かせる。
 
 
昔の自分だったら、「トーチャンの苛立ちを、正しさを、何とかしなくちゃ!
ネーチャンとの仲も、気にしなくちゃ!」を
脳内でぐるぐるオッ始めてたんだろうけど、今は。
 

ぜーんぜんそんなこと思いません!

だって、これって、「礼儀」とか「常識」とか、そういう個別論ではなくて。
 
問題の本質が「ネーチャンとトーチャンのコミュニケーション不足の話」なんだなぁ、と気付いた時点で。
 

右から左ですわ。

いや、もちろん、よっちゃんは「一つの学び」として聞きましたよ!
 
(しかしまぁ、「常識」「普通」という言葉の回数が凄い。
野鳥の会の人じゃないと数えるの無理。)
 
でも、問題の本質である「ネーチャンとトーチャンのコミュニケーション不足の話」関しては
 
これしかないっすわ。
・・・つまり

知らんがな!

魔法の五文字。

おん しらんがな そわか。
 
...そんな御真言はないけど、そんな感じ。

家庭内コミュニケーションあるある。

「家族なんだから、わかってもらえてるはず」神話による、コミュニケーション不足。
「家族なんだから、違う意見はありえない」神話による、コミュニケーション過多。
 
言わな過ぎ。逆に、首突っ込みすぎ。
 
だからこそ。家族だからこそ、必要なもの。それは
 

自他の分離。

相手を尊重し、ちょうどよいコミュニケーションをするために、必要なもの。
 
トーチャンとネーチャンの問題に、不要な責任を負わない。
首を突っ込まない。
トーチャンの伝えたい正しさを、ジャッジしない。
そこに合わせられていないネーチャンを、ジャッジしない。
ぜーんぶ尊重するための
 
「知らんがな」。
 
・・・と言いつつ、今のよっちゃんは

本音をお漏らし。

「...よっちゃんはわかったけどトーチャン、これって直接ネーチャンに話す事じゃね?」
「...まぁ、そうなんだけど。」
...と言ってトーチャン、ハケる。
 
「あんた、核心突くようなこと言っちゃダメじゃない!」
「えー分かってんならカーチャンから言えばいいじゃん」
「言えるわけないでしょ!また不機嫌になるんだから...」

わをwwwうちの両親もコミュニケーション不足www
 
でも、今のよっちゃんは、それすら何とかしようとしないのだ。
 
それが健全なのだ。
 
「知らんがな」、大事。
 
 
なんか知らんけど、最後に
イェーーーーーーーーーーーイ!

 
 
おしまい。

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