大鶴和江 著「怖れを手ばなすと、あらゆる悩みから自由になる」

読みました。
 
著者は心理セラピスト。
生きるうえでの「怖れを手放す」ために、もっとも必要なものとして言及しているのが
 
「無条件で、かつ根源的な自分の価値=自己重要感」。  
”自分は何もしなくても、条件がなくても、根源的に価値がある” という、圧倒的な安心・安全の中に、自分を置くこと。
 
しかし、ある理由から。
 
主に、親子の関係性から・・・自分の価値を感じるには ”何かの条件が必要だ” と思い込み、信じ込む道に入ってしまったために。

自分の本当の感情に蓋をし続け、 ”自分の価値を感じ続けるために頑張り続ける” ・・・
 
そんな ”怖れを源泉に、本当の自分を無視して頑張り続ける” 人生の、「手放し方」のヒントが、本書で描かれています。
 
文章が読みやすく、また全体のエッセンスとして ”交流分析” という心理分析の分野を土台として感じるので
そちらに触れたことがある人は「なるほどー」となりやすいかも。
 
「抑圧と投影」の仕組みも、本書全体に馴染ませてあるので、感覚的にわかりにくいこの部分を
知らず知らずのうちに感じ取ることができます。
  
また、各章には気軽にできるセルフワークがあるのも、いいです。
主に ”書かれた文章を自分の胸に宣誓してみる” セルフワークで
それにより自分を癒やしたり、またその宣誓による自己の体感を観察してみるワークです。
 
読み終えて、とてもいい本だと思いました。

自己肯定が ”条件付き” になったことから、 ”自己否定へフォーカスする道” が始まる

自分の存在価値は。大切さは。
 
「無条件で」  
存在する。
  
無条件的・根源的 自己価値への確信。  
・・・それを最初に設定することがいかに大切か。
 
なぜなら、それが無いことで「自分で自分を大切にする権利」を放棄し
他者の評価を得続けるために、自分を軽視し、他者の評価のために ”命を逆回転させる” 生き方に突入するからだ。
 
そうやって、他者を大切にしようと身を削る自分のことを、自分は大切にしていない。
・・・そんな自己矛盾を紐解き、「自分を大切にしてあげる自分」に帰るヒントが描かれている。

”怖れるべきこの世界” は、いつも自分が生み出している

これは、簡単にいえば ”そう見られているのではないか” という思い込みを
”自分がそう思う” ことで生み出している、ということ。
 
世界の認知の製造元は、いつも自分。
 
そこを紐解きながら、”そうなってしまっている源泉” の、大体の製造元である「親」にフォーカスしていく。

親から引き受けた「親の闇の投影」の引受を止め、手放す

自己重要感の否定と、その投影としての ”頑張り” 。
 
その製造元は、自分が選択してきた ”自分自身の認知の世界” にあるわけだけど
 
その ”認知の世界” が、実は
 
”親の持っている抑圧の投影を引き受けてしまったこと”
だったりする。
 
その家族連鎖に気づき、離別を決断するための手立てが、描かれている。

そうやって頑張るために抑圧してきた ”本当の自分の感情” と出会い、
その ”闇” を、抱きしめる

 
...もう。
 
・・・本当の自分の感情と出会ってもいい、と許可を出す。
 
これまで蓋をしてきた感情と、自分を、出会わせてあげる。
 
出会わせてあげたら、その感情にくっついてる、善悪とか上下とかの ”ものさし” を、取ってあげる。
 
 
ただの ”感情” に、戻してあげる。
 
・・・戻してあげたら、ただ
 

ギューーーーーーーーーーッ、って、抱きしめてあげる。

自分に、全部。
 
味あわせて、あげる。
 
そうやって、自分の感情も、闇も、癒して。
 
もう終わったのなら、お別れしてあげる。  
 
でもその一方で。
 
いてもいいよ、って、声をかけてあげもいい。
 
そうやって、 ”それでも安心・安全な自分” に、帰してあげる。
 
「無条件で、かつ根源的な自分の価値=自己重要感」。  
ここに、帰る。
 

怖れを ”手放しきる” ために、怖れの持つ「二次利得」と向き合う

怖れをもったままでいること。問題を抱えたままでいること。
 
そのメリットが、 ”怖れ” を手放しにくくする要因として、存在する。
 
それは、言うなれば
 
「ダメな自分でいれば、そんな人生の責任を引き受けずにすむ」  
というもの。
 
この「二次利得」の魔力に打ち勝つために、「もう自分は自分の手で、自分の人生を生きる!」と決断すること。
 
それが、「怖れと悩みの世界」を引き戻さないようにする、”最後のひと押し” になるようだ。
 

この本と向き合ってみて

蓋をしてきた自分の感情や、その闇と向き合い、癒やすフェーズ。
抑圧と投影の仕組みを知り、自分の思い込みを解くフェーズ。
 
これらは割と取り組めてきているのかもしれない。
 
該当する章を読んでいる時「そんなの無理だ!」とザワザワするのではなくて。
「あぁ・・・ずーっとやってきたね、自分。辛かったね、自分。
だからもう、やめる方向に行こうね。」って、自分に言ってあげられるようになってた。
 
随分と、過去のものにできつつあるのかもしれない。
  
・・・これはきっと、心身強制終了によってイタイ目を見た、賜物。
 
間違いない。
 
 
そして、引き続き自分の投影の製造元であるシャドウを見つけ次第、一つ一つ向き合っていこう。
 
そして、一番ややこしい、「二次利得」。
 
これも焦らず、突破していきたい。
 
そして、諦めず辿り着きたい。
 

本当は初めから甘くて優しかった、この世界へ。

 
・・・粛々と、進んでいこう。 
 
 
おしまい。
 
 

おすすめの記事