「自分が何をしたいのかわからない」という気づきと、パニック

ただでさえ、年々謎の体調不良が増えていった。
 
これじゃ、周りの期待に応えられない。
 
何とかしようとして始めたのが、ジム通い。
 
限界まで踏み込んだアクセルをもっと深く踏み込むんだ。踏まなくちゃ。
 
あっという間に「やや肥満」から「筋肉型」へ。
 
忖度のためにやり抜くこと、もうお手の物だ。
 
それでも「自分が何をしたいのかわからない」というパニックは解決しない。
 
何とかしようとネットで検索する度に行き着くのが、「カウンセリング」。
 
もう行ってみるしかない。何とかしなくちゃ。
なんか怖い、胡散臭いけど、何とかしたい。ただそれだけだった。
 
お会いしたカウンセラーは、早いうちから私の父との関係に焦点を定め
僕の本音がしまい込んであるドアに根気よくノックを続けた。
「大切な人たちの期待に応えられない自分はずるい、ダメな人間だ」。
それが自分の根深い思いの核だった。
「もしあなたと同じ状況で落ち込んでいる友達がいたら、
あなたはその人に”周りの期待に応えないあなたはずるい”って、声かけるの?」
 
「そんなわけないじゃないですか!辛い思いしているのに」
 
「あっ・・・」
 
「他者には簡単に許せることが、自分には許せていない」。圧倒的な説得力だった。
 
「辛いと感じているものは、辛いんですよ。そう感じていいんですよ。」
 
「辛いものは、辛いと感じていい。」...たったこれだけ。
 
たったこれだけのことが、40年近く、わからなかった。
 
ただただ、拍子抜けしたように、笑った。
 
笑うしかなかった。
 
こうして、自分が知らず知らずのうちに本音を閉じ込めてきた分厚い殻に気づくと同時に
 
その殻に、ヒビが入り始めてしまった。
 
続く。

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