【どうやら】「違和感」というのは、人間にとっての ”更新プログラム” らしい件

”古代” 昭和時代も、”近代” 平成時代も、もう終わり。

よっちゃんです。
 
前回の記事にも書いた通り、よっちゃんは今「ツナゲル・ライフ・インテグレーション講座(TLI)」なるものを受講し
他人軸の人生から自分軸での「在り方」と「やり方」を ”統合した生き方” の復旧工事中。
 
その学びの中で一番思うことが、
「自分の感じている違和感を、無い事にしてきたこと」。
 
 
「車が欲しくならないのか?」「早く家を買った方がいいぞ」
「結婚しないと一人前じゃないぞ」「早く孫の顔を見せてやれ」
「両親を安心させてやれ」「相手を紹介してやろうか?」
「男なんだから」「男というのは、そういうものなんだぞ」。
「興味が持てないのか?」「できないのか?」「ダメだなぁ」。
 
はたまた「人に寄り添え」「相手の気持ちを考えろ」「相手に共感しろ」。
 
ついには「俺の言うことを聞いていればいいんだ」「俺に共感しろ」。

じゃあ聞くけど。

「アンタは俺に寄り添い、共感できてんのか?」  
...これを、感じているのに、蓋してしまった。
無い事に、してしまった。

 
よっちゃんの、しくじり。
 
訳の分からない「みんな」を後ろ盾に、「お前もそうあるべき」という、強制。
そのベキネバが、当の本人はちっともできていないという、矛盾。
 
そこを、蓋してしまった。
 
「権威者の言うことが同意できない自分が悪い、できてない自分が悪い。」
 
そうやって自分を責めることで、権威者の価値観、感覚を、大切にしようとした。

じゃあ聞くけど。

 
「そういう自分自身の違和感、感覚、価値観に寄り添い、共感する人は一体誰なんですか?」  

自分で突っ込んでおいて、耳の痛い話。

そうだよなー。
 
そうだったんだよなー。
 
反省。

そうやって、自分の違和感に許可を出したなら。

出てくる出てくる。
 
違和感が。
 
「みんな同じであるべき」という昭和的同調圧力。
その中で「そういうものだから」と思考停止している、忖度イエスマン。
そういう主人と従者で出来ている、アナクロなコミュニティ。
 
ぜーんぶ、嫌だったんだなぁ、よっちゃん。
ぜーんぶ、辛かったんだなぁ、よっちゃん。
 
そんな自分にOKを出し、腑に落とすと。

新たな認知を許可した自分が、出来てくる。

そうか。
 
”違和感” というのは、人間にとっての ”更新プログラム” なんだ。  
だから今、よっちゃんは。
 
溜まりに溜まっていた ”違和感=更新プログラム” を一つ一つリリース(=許可)し。
 
ダウンロード(=腑に落と)し。
 
再起動(=新たな気持ちで再スタート)して。
 
最新バージョンに追いつこうとしている
 
のかな。
 
でも 

同時にやらなきゃならんのは、あれだな。

OSそのものの、入れ替え。
 
アップデート。
 
生き辛く自己制限してきた、クソ古いOS(=ビリーフ)も、
 
しっかり入れ替えていきたい。
 
もう耐用年数は、とっくに過ぎているのだから。
 
...って、わかってるのにドッカーンと行かないなーーーーー(笑)!
 
 
おしまい。
 

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