日本人あるある?

エニアグラム、という性格診断がある。
 
かつて「9つの性格」という著書でも注目されたので、ご存知の方もいるかもしれない。
 
歴史が古く、科学的検証も進んでいるツール。
AppleやCIAを始め、名だたる大企業でも研修などに導入・採用されているものだ。
 
これは個人が元々持っている「気質」を9種類に分けたもの。
 
これを自己診断することで自分のタイプを知ることが出来るだけでなく
9種類の「気質」を知ることで、人間関係が「自分にとっていい人か悪い人か」という二元論から脱し
「こういう気質の人」としてただ受け止める手立てになるメリットがあると思う。
 
「なぜあの人は、いつもああなの!」の謎解きに一役買ってくれ、その人を受容できる助けになるのだ。
 
今はスマホでも簡易診断ができるし、解説サイトも沢山あるので、興味の在る方は検索してみては。
 

さて。

そのエニアグラムで、日本人が陥りやすいタイプ、というのが考えられる。
 
それは

タイプ6:信頼を求める人。

安心・安全をもとめ、そのために「信じられるに値するもの」を求める。
はみ出ること、リスクを犯すことはせず、周囲との調和を重視する。
堅実で、努力家。空気を読み、人の期待に答えようとする。
状態が悪くなる因子に「不安」がある。
 
いかにも日本人的...というか、戦後教育による日本人がこうなりやすいのかもしれない。
 
みんなと同じであれ。
和を重んじるべし。
空気を読め。
相手の身になって考え、寄り添え。
 
...そうやって教育され、受験”戦争”に打ち勝ち、企業”戦士”として、ベキネバの世界の”軍人”になる。
 
従順で、やや思考停止的・自己抑圧的になり、他者忖度ばかりし、集団に埋没し、没個性、不安症。
 
・・・やや言い過ぎかもしれないが、極論を言えばこのようになりがちな教育に晒されてきたと思う。
 
そうやって、自分の本来の気質とは異なる「タイプ6の皮」を被らされ、身動きができなくなっている人もいるかもしれない。
 
そこには、たとえ本来の気質がタイプ6だったとしても。
「他人軸で強制されているタイプ6の皮」で窮屈にしている人もいるだろう。
 
よっちゃんもまた、そういった中でただ受動的に生きてきた典型だと思う。
 
しかしこうしてその”ベキネバの世界の軍人”から落ちこぼれ、 ”強制除隊” し。
 
心の学びと共に、自分に還っていくなかで、この気質に違和感が出始めた。
 
そして本当の自分の気質は、おそらく

タイプ5:調べる人。

キーワードは「知」。
知的好奇心で求道する者。全体を俯瞰、観察することが得意。
冷静、客観、洞察。
その代わり感情の上下は微熱感覚で端から見るとわかりづらい。でも、無いわけではない。
一人でいても辛くない。
研究者タイプ。
 
思えば、自分にはこの気質が在ると思っていた。
だからこそ、この気質に

罪悪感と不安を見出してしまっていた。

みんなと同じであれ。集団からハミ出すな。
 
そうやって、自己抑圧・他者忖度・同調圧力の枠内にいることが美徳である、と教わってきたからだ。
 
「組織社会」で。
「集団生活」で。
うまくやれないかもしれない。
...そんな自分の「気質」は悪いものなのだ。
 
そう思い込んでしまった。
そして、「タイプ6であるべき自分を」懸命に

”やろう” としてきた。

 
でも今、こうして ”自分に還るための学び” をし、自己受容が進むと、表に出てくるのは
 
タイプ5。
 
現に今こうして「一人で」「自己を内観しながら」ツラツラをブログを書く作業が、苦ではないのだ。
 
そして、「自分はタイプ5だ」と思ってみると・・・非常に楽。
 
なんとなくシックリくるのだ。
 
そしてまた、心の師匠にして、今受講しているTLI講座の2人の講師(あやちゃん・たっちー)にも
 
タイプ5の太鼓判を押されており。
 
しかも、自身がタイプ5である あやちゃん からは「同じニオイがする」などと言われる始末(笑)。
 
というわけでよっちゃんは

タイプ5。

もうこれで、いい。
 
無理にやろうとしてきた「タイプ6の皮」は、もうズルムケにするのだ。
 
 

「”やろう” としている気質」の、皮を剥ぐ。

その気質は、自分にとって。
 
ただ単にそう「である」ものなのか。 
それとも、そう「であるべき」ものを「やろう」としているのか。
 
自然体な being なのか、不自然な doing なのか。
 
 
そして、もしその「やろうとしている気質」に生きづらさを感じているのなら。
 
例えばこうしたエニアグラムや、その他の「自分の気質を知るツール」に触れ
自分の本来の特性を伸び伸びと発揮出来る視点・方向へ、舵を切ってみても、良いのかもしれない。
 
 
おしまい。

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