あるバス移動中に思い出した、社員旅行の思い出。

前職の社員旅行も、バス旅行だったなぁ。
 
周囲の意見も取り込む、といいつつ、結局トップダウンで決まる旅程がほとんどで。
 
自分が行った最後の年には、所長の念願である「被災地巡り」が含まれていて。
 
...「そういうところは各自で行けばいいのでは、なにも社員旅行で行かなくても...」
と思っていても、結局声を上げる人はおらず。
 
バス車中では感想も求められたりして。
自分の感想に「そりゃ違うんじゃないか?」と所長に言われることもあったりして。
結局「勉強になりました!」みたいなことをいわないといけなくて。
慰安旅行というより、研修旅行みたいだった。
 
ただ、崩壊した道の駅建物をバックに集合写真を撮る、と所長が言い出した時だけは
どうしてもその中に加わらなかった。
 
もう何だったのかもわからない物がぶら下がり、流木や資材が圧倒的パワーで流れ込んだまま空洞となった建物。
...そこにあった命を感じながら、それをバックに写真を撮るなど
 
どうしても無理だった。
 
自分は所長の手招きに最後まで抵抗し、その写真には加わらなかった。
 
そこに加わらなかったせいで所長とギクシャクしてもいいやと、初めて思ったのを、思い出した。
 
 
イヤなものを、イヤという。
 
それができなかった自分は
それができなくてもいいコミュニティを、引き寄せ続けていた気がする。
 
そして今、こうして心身強制終了を迎え放り出された先は。
 
”そうしてもいい” コミュニティだ。
 
そんなコミュニティに辿り着き、ようやく思えるようになった。
 
自分はもう、嫌だったんだ。
 
...とにかくお互いに我慢しあって
”だからお前もそうしろ” という同調圧力で
お互いをすり減らす「共損」。
 
社内のヒエラルキーに振り回され一喜一憂し、
人間までも変わった気を起こさせる「虚栄」。
 
”そういうものだから” と思考停止したまま
”こうあるべき” ”こうあらねばならぬ” というものに対して
違和感を持つことが許されない「強制」。
 
 
...もうみんな、嫌だったんだ。
何より、自分の心と体が、それを続けることを、拒んでしまった。
 
 
そして今、何となく見えているもの。
自分が放り出された先に、身を置こうとしている、コミュニティの姿。
 
...お互いの共通点も相違点も認めたまま
”ここにいてもいい” 関係をつくる、「共存」。
 
そして、そのお互い違うものがよりよく活かされるよう
アイデアを出し、影響しあっていく「共栄」。
 
そして、そのお互いの力を繋ぎ、または束ね
共に生きていく「共生」。
 
 
「共損」から「共存」へ。
「虚栄」から「共栄」へ。
「強制」から「共生」へ。

 
 
自分の生きる場を、シフトしていきたい。
 
そう思うようになった。

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