これまでのプロセスあっての、この日。

旅の始めから、約3週間が経とうとしていた。
 
心身強制終了。
人生オールリセット。
自分を生き辛くしてきたコアビリーフの解放。
感性の扉を開く「一次変容」。
自分へ還る人生の旅の、始まり。
  
 
そして再びの「失感情・失体感」。
これを何とかしたくて始めた、独り旅。

そろそろこの旅も、自分の中で終盤の心持ち、だった。
 
これまで自分と向き合い、失った体感覚にアクセスし、内観ノイズを一つ一つ取り除いてきた。
 
これだけでも十分前進したはずだ。
 
そろそろ終わりにしよう。
 

でも何かが、終わっていない。

そんななかで、最後に一巡すると決めていた、「お伊勢参り」。
 
古来の参拝順序に従い、まずは夫婦岩で有名な二見興玉神社へ。
 
せっかくなので日の出の景色を見に行った。
 
...あさ5時台なのに、結構な人出。ほとんどがご夫婦かカップルか。
 
みんな、表情も生き生きしているし、とっても楽しそうだ。
 
何枚も記念写真を頼まれ、応じた。
 
彼らはなんだか、みんなキラキラして見えた。
 
...独りでいるのが寂しいとか、そうことではなく。なぜなんだろう。
...なぜ自分は、彼らのように、明るく楽しい自分になれないのか。
 
これだけの期間、旅をしているのに。
 
なぜ自分を、あのように解放できないのか。
 
なぜ自分を、心から楽しめないのか。
 

いろんな人に、言われてきたのに。

 
今回の旅の動機を聞いてくれた、神職の方。タクシー運転手。ホテルの方。お坊さん。
 
みんな心配して、思いやってくれて。
 
口をそろえて、こう言ってくれた。
 
「せっかくの時期ですから、存分に楽しんでくださいね。」
 
 
 
” 存分に楽しんでくださいね。”

 
 
 
自分の中で、何度もこだましながら、どこかうまくいかないムズ痒さのようなものが、心のなかで引っかかっていた一言。
 
旅を終えようとしている今、また何度もこだましていた
 
 
 
そのときだった。

心の奥からの、声。心の奥から聞き出したかった、本当の言葉。

 
 
「.....せっかくの時期ですから」 
 
 
  
 
 
 
 
 
 

 
 
 

 

存分に、悲しんで下さいね。

 
 
 
 
そうか。
自分は。自分はただ、この旅で。存分に。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
悲しみたかったんだ。
 
 
 
 

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