今は悲しみをたたえたまま、生きる

自分でも夢中で、知らぬ間に陥ってきた「自己抑圧・他者忖度」の人生と、
そんな人生への「悲しみ」。
 
...気づき、味わい切った感情というのは、普通ならば「消え去る」もの。
 
でも自分はこの「悲しみ」は、今は持ったままでいたい。
 
そうしてきた人生の中に、「悲しくても譲れない、願いのようなもの」があることが、わかったから。
 
その ”不滅の法灯” とは

「大切な人に、ただその人らしくあってほしい」という、祈りのようなもの。

これはおそらく、エゴの投影なんだと思うけどね。
 

...自分の家族は、「暖かな輪」ではなく「相互の緊張関係のバランスにより支えあっている」ような家族だった。
 
みんな自分との闘いがあった。
 
そんな中でも、少しでも気持ちが緩む瞬間があるのなら。
そんな願いから「小さなよっちゃん」は、知らないうちに「安心なイイ子」をやり
知らないうちに「自分の心を潰してしまうクセ」を身に着けてしまった。
 
自分の願いのための、「正しい力の使い方」が、わからなかったのだ。
 
だからこそ。
 
「正しい力の引き出し方、使い方」がわかるまでは。
 
この悲しみは、持ったままでいなければならない。
 
それは、たとえ悲しくても譲る事のできなかった「願い」と、切り離せないものだから。
 
これこそが、自分を支えている ”不滅の法灯” のようなものだから。
 
 
 

...さぁ、よっちゃん。
 
この悲しみをたたえたままでいい。行こう。
 
自分へ還る旅を、続けよう。

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