内なる ”祈りの原風景” を、思い出す。

輪行で行く、近江国・神社探訪。

お目当ての神社に行く道すがら、無意識のうちに吸い寄せられるかの如く出会った、2つの神社があった。

そしてこの2社との出会いは図らずも、自分と神社との”結び方”を思い出させてくれたような気がする。

今回はその2つの神社をご紹介。

「虎姫駅」からの自転車旅

まずはJR北陸本線「虎姫駅」で下車。ここは元三大師の誕生地だそう。


道のわかりやすい県道づたいに、斜めに北上する形で自転車を走らせた。

そして県道277号線を走っている時 目に入った神社に、気がつけば吸い寄せられていた。

1.滋賀県長浜市・波久奴神社

波久奴神社(はくぬじんじゃ)。

主祭神は高皇産霊尊(タカミムスビ)。「創造」そのものを神格化した神さま。
そして、配祀として「物部守屋公」が祀られている。

物部守屋は大和朝廷で勢力を誇った廃仏派の豪族。
崇仏派の蘇我氏と争ったが、聖徳太子などを味方につけた蘇我氏に破れ、戦死。

・・・のはずが、この神社の伝承は、それと異なる。

蘇我氏との戦いに破れた物部守屋の代わりに家臣が戦死し、守屋はこの波久奴神社のある当地に落ち延びた。
そしてこの地に草庵を構え、萩生翁と偽称して隠遁。里の人達に読み書きや農業を教えていったという。
その没後、その遺徳を偲んだ里の人たちが祠を建て「正一位萩野大明神」と崇めたのが始まりのようだ。

となると、祭神としての原点は物部守屋公であり、後から明治政府がタカミムスビを主祭神としたのだろう。

▼鳥居の前に立つ・・・とても凛とした佇まい。

▼鳥居をくぐり参道へ。幅の広い参道で、導かれるように進む感じがして、とても厳か。

▼自然の織りなす光と影に包まれ一体となっているかのような、密やかだけど重厚な拝殿。とても美しい。

▼狛犬。鞠を持っていたり、親子の姿があったりと、素晴らしい意匠。

▼境内は無人ながら、大切に手入れされているのを感じる。

▼本殿も荘厳な造りで美しい。

▼その本殿脇には、境内社の田根神社。

▼拝殿から鳥居を見た風景。まさに鎮守の杜といった佇まいに癒やされる。左側に見える囲い小屋の内には、倒木の危険からやむなく伐採に至った御神木の根幹が安置されている。その樹齢は400年を超えるものだったようだ。

▼境内内側から鳥居を見た様子。その向こう側に広がるのは、まさに ”日本の原風景” だ。

こうしてお参りさせていだたき「あぁ、”吸い寄せられて” よかった」としみじみ感じる神社だった。

2.滋賀県長浜市・若宮八幡神社

そして再び自転車を走らせていると、すぐにもう一つの神社に・・・吸い寄せられた。

若宮八幡神社。同じく県道277号線沿いに鎮座。
御祭神は応神天皇、仁徳天皇、椎野毛二派皇子(わかぬけふたまたのおうじ)。配祀神に金山彦命。

▼鳥居の前へ。

▼アイキャッチ画像を再掲。すぐ先に社殿を見通すことができる。

▼鳥居をくぐり、境内へ入ると・・・その大きさに関わらず、なんとも不思議な空間が広がっていた。

▼改めて社殿正面を見る。決して大きくはないが、不思議な存在感がある。

▼狛犬。先程の波久奴神社と同様、「鞠と親子」の意匠だ。この地域の様式なのだろうか。とにかく素晴らしい。

▼社殿に近づくと、遠巻きに見て推定した時よりも大きさを感じる。何か急に遠近が狂ったような感覚に陥ってしまった。

▼この空間に感じる「理屈ではない何か」をもっと感じたくて、思わず屈んだ。

円状の境内。
 
そこに敷かれた、葉の絨毯。
 
それを囲む木々の作り出す木漏れ日が、まるで時計の文字盤の如く柔らかな光を放ちながら、弧を描く。
 
そして、そんな ”時計” の12時の位置に鎮座する、社殿。
 
 
それは、TVゲームなどであれば全ステータスが回復しそうな、ヒーリングスポットの様相。

・・・小ぶりな空間の中に、こんなに圧倒的な幻想美があるなんて。

・・・そして。
この幻想的で美しい空間に、ただ自分がひとり、佇んでいる。

ただただ頭を空にして過ごす「癒やしの時間」。

・・・まさに神さまとお話させていただいているかのような、贅沢な時間だった。

この神社を訪れたことで、自分が好きだと感じる「好みのアンテナ」が、随分と変わってしまったかもしれない。
そしてそれは「変わった」のではなく、むしろ「原点に還った」のだと感じる。
また行きたいと思う、素晴らしい ”神のお社” だった。

自分のなかに感じることができた ”祈りの原風景” というDNA

今回お参りした2社を訪れることで感じたもの。

それは、自分と神社、ひいては「日本人と神さま」との結びつきの原点のようなものだった。

それは元来、日本人の暮らしと深く密着・融合し、共存してきた、まさに「原風景」だった。

山々や農村が互いに溶け込んで、人々は自然を畏敬し、その恵みを頂く。
そしてその循環のなかに「神さま」を密やかに宿して、大切にしてきた
のだと思う。

もともと日本人のスピリチュアル性というのは、至極身近なところに存在していたのだ。
 
 
今回訪れた神社には、常駐している人もいない。
御朱印も無い。
観光色も、無い。
 
 
しかし、人々の暮らしの中に佇んで、人々を大切に見守り、人々に大切にされている・・・そんな”大いなる存在感”があった。

これこそが、神社と人、神さまと人を結ぶ Being の”原点”のようなものではないか、と感じた。

そしてそんな中で手を合わせお参りをすることで、”神々という存在” が教えてくれたもの。

それは

自分の中にもこうした ”祈りの原風景” が、時空を超えて刻まれている、という事実・・・だったのではないかと思う。
 
 
これからもそういったものを感じ、大切にする。
そんな一員でありたいものだ。
 
 
いつかまた、お参りに行きたいなぁ。

所在地

○波久奴神社
〒526-0273 滋賀県長浜市高畑町296
 
○若宮八幡神社
〒526-0273 滋賀県長浜市高畑町23

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