LPL(ラヴィング プレゼンス リーダーシップ)養成講座、第5講
今回の成長のテーマは「ハートを開く」。そしてそのエネルギーセンターは、第4チャクラが該当する。
当記事は第5講・その2。

(前回の記事は こちら

「インディゴチルドレン・クリスタルチルドレン・レインボーチルドレン」 と呼ばれる世代、人々

ニューエイジとかスピリチュアルの用語として「インディゴチルドレン・クリスタルチルドレン・レインボーチルドレン」といったものがある。

全体の調和や平和意識をもち、澄んだ感性と意識エネルギーに満ち、やがて善悪といったカルマからも解放されるような、”新しい”世代、人々。
ちなみにそれぞれの名称は、各世代に生まれた彼らのオーラの色からきているようだ。

なかでもインディゴチルドレンというのは、それらのなかで最初の世代の人々。
1970年代後半から生まれた、『古き物を壊し新しく創り出そうとする魂』といった人たちのことを言うようだ。
それゆえに「クリスタルチルドレン・レインボーチルドレン」への 橋渡し役として、新旧意識世界の ”過渡期” を生きる人になる。

独自の感性を持ち、感受性が鋭く、共感力が高い。
特に、人に対する純粋さを持つ。
一方で、なぜそうしなければならないのか分からない事には従わない意思の強さがある。
それゆえに集団や組織になじまない。

古き物を壊し、新しく創り出そうとする、魂。
それは、組織や集団レベルよりも もっと大きな ”全体の調和” と、そのための新たな ”気付き・覚醒め” の種を、持っている人たち。

・・・そんな感じではないかな、と思っていたら

『よっちゃんにはそれを感じる』・・・と、周りの人たちに言われてしまったわけで・・・

・・・?!?! 
 

例えばこんなとき、人はどんな返答をするのだろう。
・・・経営者が多く集うこのLPL講座において、みんなの前で「どの社長さんにだったら雇われたいか」を答えなければならないしたら?

自分がまず意識に上がるのは・・・

その ”こころの在り方の学び” を通じて、人間力や経営力が ”開花することが約束されている方たち” に対して。
「今」「皆さんの前で」「誰か一人を選ぶこと」に、何らかの「真実のなさ」を感じてしまう
のだ。

だから、答えに詰まる。
だから、ちょっと話し出すのが遅いことがある。

・・・それは確かに、単なる ”ちょっとした、くだけた” やりとり。
その時の自我、その時の好みで、ただ答えればいいことだ。

・・・なのに、どうしても「そっちの意識」が、先に上ってしまって、答えに詰まる。
 
 
・・・そんな話をシェアすると、こう言われた。
「そういう感じ方って・・・」
 
 
「とても、面白いね。」 
 
 

「不健全な」ボスマネジメント型の集合意識は ”新たな気付き” を排除する?

「気づきの種」も、その種への「ブロック」も、すぐそばに

そっかぁ、面白いのかぁ・・・面白いんだぁ・・・

こういう受け止められ方と、その裏にある、安心・安全な感じ。
・・・あまり味わったこと、無いかもしれない。
 
 
これまでは、自分の中にある「深い想い」を表に出した時ほど・・・
「その感じ方はおかしい」「それは違う」などと、言われてきた。

そして、そんなストロークを受ける環境は、「健全度の低い」ボスマネジメント型の集合意識の中にいるときだった気がする。

トップダウン型で一致団結し突き進む、ボスマネジメント。それ自体は、良いも悪いもない。
ただ、その健全度がどういう状態なのか という事は、時に問題になりうる。

権威と恫喝による「恐怖エンジン」で人に結果を出させようとし、それができなかった者にはペナルティを
課す、という循環「だけで」回り続けているボスマネは、恐らく健全度が低い。

「トップにとっての正解」を、全体にとっての ”強固な共通解” として強制するために
その共通解の受け手であり続ける従者の自主性は、徐々にダメージを受け始める。

・・・もしそんな組織・集団に、例えばそのインディゴチルドレンと呼ばれる人たちが”迷い込んで”しまったら・・・
彼らは、どうするのだろう。

おそらくエゴからではなく、全体の調和・最適を願い、そのための「新しい気づきの種」を提供しようとするのではないか。

そして、その「気づきの種」は・・・見事に跳ね返される。
その「気づきの種」は、築き上げた「強固な共通解の壁」を打ち砕く因子になってしまうかもしれないからだ。

しかし、そうやって共通解の檻の中にあるモノだけで「改革”なるもの”」を行っても、変容が起きずに、結局同じパターンを繰り返す。
同じパターンを脱したいと願いながら、その種を拒み、変化が起きないことを悩み続けることになるのだ。

一方で ”気づきの発信” を挫かれた人たちは、その様子を見ながら・・・再び沈黙に入る。

その美的感覚ゆえに、自らの異質性を警戒しながら。
その探究心ゆえに、その場の真実の無さを虚しく思いながら。
その平和・調和への願いゆえに、それが届かない怒りを溜め込みながら。

新たな「意識の風」を、迎え入れる

組織や集団を”よりよく変化”させたいのならば、既存の共通解の ”外側” にある、「新たな意識の風」を迎え入れる必要がある。
そのためには、新たな意識の風を ”外側たらしめているもの” に、手を付ける必要がある。

強固な共通解を囲っている、壁・・・(心理的)ブロックだ。

現代というのはその ”壁” が、個・組織・集団・社会レベルで(制度)疲労を起こし、ヒビが入り始めている。
しかし、多くはそのヒビに目を向けず、未だその「保てている」方にフォーカスしたままでいる。

その先にあるのはおそらく、個の、組織の、集団の、・・・社会の「燃え尽き」ではないか。
そしてそれは既に始まっているということを、実は誰もが気づいているように思う。
 
それを食い止める「気づきの種」は恐らく、すぐそばにありながら・・・沈黙している。
その扉を開くには、まず自身のブロックをクリーニング・クリアリングし、新たな「意識の風」を迎え入れる ”スペースと風通し” が必要だ。
そしてLPL講座に来ている経営者の方々は、その大切さを感じている方たちなのではないかと感じる。

新たな「組織の風」を、吹かせる

人の意識のみならず、組織の在り方自体にも「新しい風」を吹かせることも、必要だ。

それは・・・
強い「男性性」を持つボスマネのみで突き進むのではなく。
横のつながりや、しなやかさ、暖かさ、受容・許しの精神性、つまり「女性性」を、マネジメントに加えること。

安心・安全のうちに共創・共生する地表を、拡げること。

LPL講座の目指す、マネジメントに関する「あり方=Being」は、まさに両者の統合だ。
その上で、双方の魅力が発揮されるよう「健全度」を保つこと。

そして、その健全度のカギとなるのが・・・「愛=Loving Presense」なのだろう。

「組織」「経営」という、一見 実利的な匂いのするもののなかに、”愛の種” を蒔くこと。
それは、その構成要素が「ひと」である以上、とても大切なことだ。

だからこそ。
そのトップに立って、世のため人のために悩み苦しみ、それでも奮闘している経営者こそが、最も癒やされるべき存在の一つなのかもしれない。
その経営のあり方に、図らずも無意識に投影されてしまっている「心の傷」や「未完了の感情」、生き辛い「ビリーフ」があるのならば
それを癒やし、過去を過去に置き。
 
・・・そのBeingをクリーニングし、クリアリングして、自らの内に「愛の種」を蒔くこと。
 
そのことが、やがて組織の、集団の、社会全体の「愛の植樹」へと、つながるのではないだろうか。
 
 
 
 
その3 へつづく。

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