LPL(ラヴィング プレゼンス リーダーシップ)養成講座。
カウンセラー&セラピストのほか、作家として著書も出されている岡部明美さん(あけみちゃん)のライフワークともいうべき長期講座だ。
カウンセラーやセラピストを志す人は勿論のこと、「やり方=Doing」だけではどうにもならない人生の分岐点に立ち 自己探求したい人や、カウンセリングマインドを持った”カウンセリングパーソン” として社員や自分と向き合いたい経営者なども集う、人気の講座だ。
岡部明美 プロフィール
岡部明美公式ブログ:POWER OF BEING 

今回の学びは、人間に存在するエネルギーセンターである7つのチャクラのうち、第4チャクラ。
その成長のテーマは・・・ハートを開くこと。
第1~第3チャクラの成長のテーマが「自己存在」「人間関係」「アイデンティティ」といった ”自我” に根ざしたテーマであったのに対し
第4チャクラ以降は自我を超えたところの成長テーマに取り組むことになる。

ハートチャクラの、学び。

・・・そのためにも、まずは第1~第3チャクラの成長のテーマに関する「ひっかかり」を
これまでの課程と共にクリーニング・クリアリングしてきたのだ。

「”人間として” ハートを開く」ということ

”Part-time Buddha” としての ”智慧”

自己存在への安全・安心、グラウンディングに影響を与える、親子・家族関係・・・第1チャクラの成長テーマ。
さらなる人間関係の中での安全・安心に影響を与える、第2チャクラの成長テーマ。
そうして「自分とはなにか」というアイデンティティに影響を与える、第3チャクラの成長テーマ。

・・・そのクリーニング・クリアリングというのは、正直なところ・・・

終わりがない。

神仏や聖人君子のような「悟り」、という不動のゴールはないのだ。
それこそが、神仏でも聖人君子でもない、人間たる所以でもある。

しかしながら人間は、悩み苦しみ・雑念などから脱して生きている ”悟りの時間” も存在する。
それは例えば・・・眠りに就いている時間。
そして、その眠りから覚めた ”数秒” もまた「 ”頓悟” ”覚醒” している境地」なのだという。

終わりなき「こころの浄化」と共に、清濁併せ呑みながら「気づき・覚醒め・悟り」の ”数秒” を実践していく、人間。
神仏や聖人君子のような「Full-time Buddha」ではなく、人間として「Part-time Buddha」に、少しでも「気づき続けること」。
・・・それが人としての「智慧」なのだと思う。

そしてだからこそ、人には人としての「神性」や「仏性」が、深いところで宿っているのだ。

そのために、まずは自分の「こころの在り方」の調和に取り組んでいく。
そうして、いろんな事を”問題にしてきてしまった”自分のこころに向き合って、その過去を、過去においてくる。

・・・少しでも豊かな、心のスペースをつくっておく。

すると人は、その心理的スペースを大いに使いながら、人としての「智慧」を活かせるようになる。

・・・どんな感情や否定的思い込みが ”やってきても” 、それを俯瞰できるようになる。

そこに、光を当てられるようになる。

「あ、また自分はあの反応しているなぁ」「あ、今の自分はこう思い込んでいるのかぁ」・・・

そのことを「感じて」・「許して」・・・

「放ち忘れる」ことが、できるようになる。

「”今” ”ここ” の ”私” に、気づき ”続けている” こと」に、つながっていく。

それはある意味、禅の境地のようなもの。

Full-time Buddha ではない「人」として。
・・・その感情や思い込みに対し「諸行無常の真理と智慧」を、働かせることができるようになるのだ。

その瞬間瞬間を Part-time Buddha として、生きることができるのだ。

先ずは ”自分に” 、ハートを開く

終わりなき「こころの浄化」と共に、清濁併せ呑みながら。
そして、そのなかで養った心理的スペースを、活かしながら。

視座を、「自我の領域」から、もう一歩・・・上昇させる。

自分のなかの「神性」「仏性」と ”約束” し・・・

人間としての「愛」と「許し」の扉を、開くのだ。
 

そして・・・ 
真の「愛」と「許し」とは、その二元を超えたところにあるという。

「愛が有る / 愛が無い」「愛 / 憎悪」という二元性の中に留まっている 愛や許し は
マインド、エゴがこしらえたものであって、ハートのものではないのだ。

自分には、マインドを超えた、エゴを超えた「愛」、そして「許し」が、ある。
・・・そのことに、”責任を持つこと”。

自分の中に「仏性」「神性」が、在ること。
その存在を、自分に許すこと。

それが、「ハートを開く」ということ。

・・・そうしたことへの自己否定があるのなら、それを探求していくのが、この第4チャクラの学びなのだろう。

そして、ハートを開いたところにある愛や許しというのは
そのような「私は愛の無い人間だ」というマインドさえも愛で包み、許していくものなのだろう。

まずはそうやって、自分に対して「ハートを開く」。
すると、人というのはそのハートチャクラを「投影の法則」にのっとって
他者へ、そして世界へ、その「眼差し」を向けていくことができるのだ。

これもまさに、人の智慧なのだと思う。

自分のなかにある「愛の定義」を、開く

そうやって開いたハートのなかにある、自分にとっての「愛の定義」はどんなものだろう。

人それぞれに愛の定義があり、それが触れ合っているのが、世界そのものだ。
 
 
自分にとって、愛とは。

祈ること。

あなたがあなたの愛に、もう気づいていい・・・その気づきを、祈ることだ。
 
 
自分は人に、愛を与えも捧げもしない。 
なぜならそれは、既にあなたのなかにあるものだから。

そしてその気づき方を、教えることもしない。
それは、あなたがあなたに対して教えてあげられるものだから。

だから、ただ祈る。
そのエネルギーが、あなたがあなたの愛に気づくきっかけになることを、祈る。
 
あなたがあなたの愛に、もう気づいていい。
・・・その気づきを 静かに祈ることが、自分にとっての愛だ。
 
 
その2 へつづく。

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