LPL認定試験、クライアントで参加。

今学んでいる、ビリーフリセット®カウンセリング講座。
カウンセラー・大塚あやこさん開発のカウンセリングメソッドである「ビリーフリセット®」を学ぶ、カウンセラー養成講座だ。

そして、その”あやちゃん”のお師匠さんでもあり、セラピスト・文筆家等でご活躍の、岡部明美さん(あけみちゃん)。
岡部明美さんの公式ブログ:POWER OF BEING

今回はその”あけみちゃん”主催の講座、LPL(「ラビング・プレゼンス・リーダーシップ」)における「セラピスト認定試験」に
クライアントとして参加した。

つまり、自分は受験者ではなく「生身の試験問題」として参加させていただいたのだ。

カウンセリング・セッションを受けて

自分の主訴として持ち込んだ、ココ最近の ”モヤモヤ” 。

その訴えを深掘りしていただくのに際し、まず浮かびあがった”表層部”は
「自分にとって心当たりの無い、いわれのない、他者からの嫌悪感や不快感を表明されるストロークに対して
”自分にどんな落ち度があったんだろう” とか ”同じ不快感などを自分の知らない内に、もっと他の人に与えているのではないか”...」と
アタマをフル回転させ、推測し、悶々としていること・・・だった。

見に覚えのないことでも、どうにかしてそれが「自分のせいであることの ”証拠” 」を掴もうとしては、確信のない迷路をさまよう回路が、自分の中に出来上がってしまっていた。

そんな「自分に向けられた”いわれなき罪”を、なんとかして”自分のせい”として取り込もうとする」心理。

その原点を探っていく内に、小学校の時の ”イジメ” の記憶が、突然甦った。

「前触れ無く襲いかかってきた無視」という ”イジメ” の記憶

自分がイジメのターゲットになる、その前のターゲット。
そんな「アイツのことを無視だぞ」という周囲の声を、自分は聞き従うこと無く、普通に接していた。

自分がその”次なるターゲット”になった理由が、そのせいだったのかどうか・・・それも推測でしかない。

でもそうやって「自分が突如無視された理由」を、なんとか推測して「自分のせいである心当たり」を探そうと、さまよい続けていた。
さまようあまり、「全ての”心当たりを潰す”」ために・・・例えば、”知らない内に相手の悪口を言わずにすむ”ように、「学校で一切話さないようにする」など、ナーバスな日々の記憶が、甦った。

エピソードばかりが”アタマ”から出続ける自分。・・・「心」と「肚」に、アクセスしてもらう

”周りを気にしてばかり” の ”エピソード” は飛び出すけれど。

その時の ”自分の感情” が、あまりにも・・・出てこない。

そこで、カウンセラーからの提案で「心」と「肚」が ”感じていたこと” に、アクセスさせてもらった。

すると、しまいこんでいた本音が、現れる。
それは

それって、「”こっち” のせい」なの?

こっちもまた、不愉快で。イライラして、呆れ。・・・怒っていた。

そんな「心」の声が・・・ようやく出せた。

そしてさらに「肚」は・・・

知らんわ!

と言い切りたかった・・・んだと、ようやくわかった。

「心の声」と「肚の声」を、無いことにしたかった理由。

そうやって「いわれなき罪」も、なんとか「自分のせい」にしたかった、その背後にあるもの

それは
「負の感情を覚えてしまう自分は、”悪い”」という、思いだった。

そして、なぜそう思ってしまったのか。

それは
「負の感情を覚え、露わにしてしまったら...大切にしたい ”和” が崩れ・・・争いが起き・・・」

みんなの「安心、安全・・・安寧」が、壊れてしまう。

そう、信じ込んでいたのだ。

お願いだから・・・そうあってほしくない。

そんな風に、願ってしまっていたからだった。

「願い」ゆえに繰り返してきた、「他人軸人生」

そんな風に願う ”コドモ” になってしまった原点は、やはり家族なのだろう。

40半ばで倒れ、要介護状態になった祖父。
そんな「祖父を献身的に支える一家の主」をやらねばならなかった、祖母。
・・・「という自身の世間体を守りたい」祖母から、”そうある為のの全て”を丸投げされてしまった、父と母。
我が家の従業員から婿養子となった、父。
そんな「私の娘と結婚した”元従業員”」という祖母からの抑圧を抱えた、父。
仕事と介護、その他のこと・・・本当の大黒柱であるはずの、父。
その抑圧が「俺の言うことを聞いていればいいんだ!」という ”爆発” となってしまっていた、父のやるせなさ。
そんな両親と夫との関係が申し訳無く、そんな両親を持ったことを自ら ”呪い” と言った、母の悲しみ。
そんな緊張関係を壊さんとばかりに父へ反発し、自分軸を貫こうとした、姉。

そして、その全てを「壊さないで!」と願うあまり
調停者として「(父)親の正しさ、期待に応え続ける」という「他人軸人生」に挑み続けた、自分。

・・・その果てに「税理士受験」という道が、待っていた。

それが、「親の期待に応えるラストミッション」だと、思っていた。
 
 
そして...何の因果か、親戚の経営する会計事務所へ就職。

在職中に、税理士試験に合格。税理士になった。

知らぬ間に「この人を跡継ぎに...」という所長の特急列車が、動き始めてしまっていた。

その一方でチラついている、誰もが触れずにいた ”タブー” の存在が、あった。

真に「跡継ぎ」として、所長が向き合うべき存在は・・・自分じゃない。

互いに向き合えていないまま...それでも、税理士試験に挑んでいた、その存在。

年も近くて、離れた東京で...この自分とすれ違うかのように。

所長はなぜ、「よっちゃんにだけ」その存在を打ち明けたのか・・・

自分は所長の期待に応えたい。
でもこの自分が「跡継ぎの特急列車」を進めてしまうほど、それがこの家族にとって「本懐ではない形」になっていく気がした。

その板挟みが、なぜか、とても苦しかった。

自分のやることの先にあるものが、この家族の「安心・安全...安寧」で、あってほしかった。

そのためにどうすれば最善なのか...という ”ブレーキ” を踏んだまま、それでもアクセルを踏んで、もう前へ進むしかなかった。

そうやって心身に無理をかけた結果...

心身、強制終了。

「もうどうしていいかわからない、自分が何をしたいのかわからない」という「他人軸人生」に、

「魂」が、「待った」を、かけた。

実家に体を”回収”され、休職に入る前。
「お願いだから、”彼”と向き合ってほしい」と、所長に告げた。

動けなくなった体を休めるために、休職に入った。

「こんなことで休んでいる自分は弱い」と、自分を責め続けた。

適応障害から、うつ病になった。

それでも自分を責め続け、ようやく・・・

「全てをやり直したい」という本音が、出た。

あんなに苦しかった呼吸が、少し楽になった。

それでも、具合は良くならなかった。

もう観念して、自分の本音に許可を出して、やり直すために・・・退職の意を伝えた。

・・・呼吸が、体が、随分楽になった。

「あぁ、そうか・・・本当にダメになるのは、”自分の心と体に、寄り添わないこと” だったんだ。」
本音に従うことで楽になった自分の心身を前に、そう悟るしかなかった。

改善した体調をもって、所長のもとへ最後の挨拶に行った。
 

・・・休職していた期間に ”彼” は・・・税理士試験に合格していた。

所長もまた、”彼” と向き合い始めてくれていた。

・・・「他人軸人生」に挑み続けた自分の ”役目” は、こうして終わった。
 
 
 
今後の再発を防ぎたいと思っている時に、カウンセラー・大塚あやこ さんのブログに、出会った。

もうすぐ開かれるという「ビリーフリセット®初級講座」で、「心の学び」をはじめた。

父に「心のセミナーって、何だ。お前がどうしたいのかわからない。
そんなんじゃなくて、再就職のセミナーにでも行ったらどうだ。だからお前は、ダメなんだ。」と言われた。

・・・こんなヤツに見捨てられようが、知ったことか。

・・・そう覚悟した。

「そういうアンタの”正しさのお守り”を、俺がずっとやってきたんだ!」

とうとうぶちまけた。

そして同時に、謝った。

そうやって親のことを「本音を言うに値しない、信用ならない人」にしていたのは、自分の方だったこと。
そして本音を言わずに期待に応え続けることで、あざとく親の庇護を受けていたこと。

そしてもう一つ。
そうし続けた理由、一番の願いは

「ただ親の頑張りを、壊したくなかった。」

「親のことが、大好きだから。」

全てを、ようやく伝えた。

たくさん、泣いた。

周りの大切な人たちが安心、安全に。安寧の中で生きられること。 

その「願い」に取り組む方法が「他人軸人生を歩み、自身の命の力を逆回転させ続ける」という ”一択” しか知らないまま、約40年が過ぎてしまった。
 

変わらなかった「願い」と共に

 
新たな仲間、新たな師と共に、「自分に還る」ための学びを、やり直しはじめた。

そして、あらためて自分の内側から出てきた願いは、結局。

周りの大切な人たちが安心、安全に。安寧の中で生きられること。 

・・・これだった。

だから今度は あやちゃん のもとで、カウンセリングを「する側」を、志すようになった。

でも。
・・・だからこそ、「周りのこと」以前に、置いてけぼりにしてきた”自分”に、もっと深く手を差し伸べなければ、ならなかった。

アタマで ”認識できるようになった”「自身の闇」に、今度は・・・”手を差し伸べて、心と、肚と、つながる” 。

自分はこの一年で、自分なりに「自己探求」をしてきた。

でもそれはまだまだ、「アタマ」で、色んな事を「認識できるようになった」というレベル感だったようだ。

そこに気づけたのが、今回のLPL認定試験による「クライアント体験」だった。

周りの「和」を壊さず、「争い」が起きないように。
いわれのない、外からの「自分攻撃」でさえも、「なんとか自分のせいに」しようとする、もがき。

でも、その裏にあった、いわれなき自分攻撃に対する負の感情があった・・・と、

アタマで「認識している」だけでは、十分ではなかった。

そんな自分が「いるの、わかってるからね。」だけでは、不十分だった。 

ちゃんと「出てきても、いいよ。出てきても、大丈夫なんだよ。」と、言ってあげてこなかった。 

そこまでやって初めて、

自分の闇と、「心から、肚から、つながる。」

そうやって、陰陽併せ持って。清濁併せ持って。

そうして初めて出てくる「命の力」の・・・半分しか、使えていなかった。

「感情に良いも悪いも、無いんだよ。」
その意味が、”アタマ” での理解ではなく・・・心から、肚から。

・・・ようやく、納得できるようになった。

だからもう、やめよう。
良いも悪いもない、もはや”負”かどうかもわからない、それらの ”負” の感情を覚える自分で・・・そのままでいい。

聖人君子じゃないんだから。それが人間だから。

ようやくそれを、心に、肚に、落とせた気がした。

そして。
・・・「そうやって自分の ”闇” を無いことにしてきたことで、よっちゃんの命の尊厳を、エネルギーを、
まだ半分しか使えていないんだよ。半分しか、自分を大切にしてこなかったんだよ。」

そう、あけみちゃんに言われた瞬間。

「もう”負の感情を覚えてもいい”よっちゃん」は、早速にして

だってしょうがないじゃーーーん!そうするしか方法がなかったんだもの、しょうがないじゃーーーん!それでも最善を尽くしたんだもの、しょうがないじゃーーーん!

心の声。負の感情。イライラ・・・その第1号を、あけみちゃんに向けていた(笑)。

まあ、覚えてしまったものはしかたないよね・・・感情を開かせてもらった、恩返しということで(笑)。

・・・そうか・・・よっちゃんは自分なりに最善を尽くしたんだ。
壮大なる独り相撲、自作自演の「他人軸劇場」だったかもしれないけど。
こうして今、その答えを、出そうとしているんだ。

「福岡リトリートセミナー」直後の晩に見た、不思議な夢。

先週参加した、カウンセラー・根本裕幸さん主催の「福岡リトリートセミナー」。
その中で行った「自分の幸せを一番祝福してほしい人をイメージする」ワーク。

そこで思い浮かべた人は・・・「これまでの自分自身」だった。

そして、そんな ”彼” にかけたい言葉は・・・「一緒に行こう。」だった。

そんなワークをした晩に見た、不思議な夢。

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光とも闇ともつかない、不穏な「何か」の前に立つ、ランドセルをしょった「よっちゃん」の背中。
それを見ている、今の自分。

そして、その「何か」の中に飛び込もうとする、彼。

自分はその彼を捕まえて、必死で止めようとした。
「行くな!」といって、止めようとした・・・けれど。

彼は力強くこちらの制止を振り切って、その不穏な「何か」の中に飛び込み、消えていった。

あぁ、そうか。

彼もまた、”それしか無い選択肢”に向かって。

「他人軸人生」に向かって。

・・・強く、挑んだんだ。

その答えを出すために。

「心身強制終了」という答えを、出すために。

・・・彼もまた、強かったんだ。勇敢だったんだ。

彼の背中を見送りながら、そんな風に感じ、涙した。

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目が覚めると、自分の枕もまた、濡れていた。

何かが、腑に落ちた気がした。

とても不思議な、夢だった。

自分の ”闇” と握手を交わした今日、この日。

アタマで ”認識してあげる” だけではなく。

片手の握手ではなく。

ちゃんと両手を差し伸べて、自分の ”闇” と・・・これまでの自分と、固い握手を、交わした。

そんなLPL認定試験の、クライアント体験だった。

そしてようやくみえてきた、「アタマだけ」では見えてこない、何か。
自分の「心」と、「肚」とつながることで感じる、自分の「命の深み」のようなもの。

・・・その門前に、ようやく立てた気がする。

でも、そのためには、これまでの「他人軸人生」も、その果ての「心身強制終了」も、そこからの「アタマ中心の自己探求」も・・・

すべてのプロセスが、絶対に必要だった。

すべてのプロセスは、正しい。

すべては、最善。

これでいい。

年に数日だけの「ただの親子に戻れた」思い出。願いの叶った日々。

大切な人たちが安心、安全に。安寧の中で生きられること。 

その願いが親子の中で叶えられた日が、年に数日だけ、あった。

それは、夏休みやゴールデンウィークの「親子での旅行」。

祖父を介護施設に預けるのがイヤだった、「自分で面倒を見ている私」でいたかった祖母のために。

旅行期間中の”全て”をまかなえる為の準備を・・・親子協力して、秘密裏で、始める。

その期間中の食事を作り置きし。日用品を備え、それをやりくりするためのメモ書きを細かく用意し・・・

突如にして、「行ってきます」と、告げる。

そこまでやってはじめて、祖母が観念するからだ。

そして、その期間だけは、全ての緊張を解いた、親の姿を見ることができた。

安心、安全。安寧の中で過ごす親の笑顔が、そこにはあった。

他人軸だったよっちゃんは、自分自身が楽しかったかどうかは覚えていないけれど。
全ての緊張を解き、過ごす親の笑顔だけは、記憶に残っている。

それこそが「自分の願いが叶う日々」だったから。

そして、いつかその日々が長くなっていき・・・年に365日、安寧の中で過ごす親の笑顔が見られること。

それが一番の、願いだった。

変われなかった「願い」と共に

大切な人たちが安心、安全に。安寧の中で生きられること。 
この「結局変われなかった”願い”」を形にしたいと思い。

今こうして、カウンセリングを「する側」になるための学びを始めた。

その果てにどんな「答え」が待っているかわからないけれど、
だからこそ、その「答え」を確かめに行く。

そしてもし、「心の支援者」として生きられるようになったなら。
今度は「自分の願い」ではなく「相手の願い」が花開くよう、支援・伴走していけるようになりたい。

そのためには、自分の「願い」から、その内容を取り去って、相手に寄り添うことになるのかもしれない。

自分の「願い」から、その「内容を」取り去ったもの。それは

祈り。

「祈り」である・・・と、思っている。

そして、その祈りの力、深みを得ていくためには、まず自分の ”命の力”・・・

”POWER OF BEING” に、もっと触れていかなければならないと、直感している。

・・・そのための学び。LPL講座に。
今度は受講生として、参加する。

同行二人。

四国八十八ヶ所の巡礼者が携える、言霊。
「自分と、そしてお大師様(空海)とともに、巡礼する」ということだ。

そして、よっちゃんにとっての「同行二人」。

それが、今回のクライアント体験で、はっきりした気がする。

それは

「これまでの自分と共に」

・・・ということ。

自分はもう、独りじゃない。

固く握手を交わした ”よっちゃん” と共に、人生の答えを、出していく。

あまりにも不器用だったけど強く生きた、”彼”と手を携え。

彼の力を借りて。

共に行くんだ。
 
 
 
さあ、よっちゃん。

一緒に行こう。

変わらなかった、願いのために。
 
 
さあ、よっちゃん。

一緒に還ろう。

変われなかった、願いのために。
 
 
 
今度こそ、一緒に行くんだ。
  
 
 
 
同行二人、「命に還る」巡礼の旅へ。
 
 
 

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