忖度人生は、再び ”次なる忖度” を引き寄せる

自分の”表の感情”も抑圧し、それによって醸成していた”内なる修羅”も抑圧してみせた自分は。
 
死んでた。
 
死んだように生きてた。
 
心の枯渇状態を抱えながら、そんな状態を心配されまいと、また「大丈夫な自分」を演じ続け。
 
それがまた、心の枯渇状態を強化する。
 
それでも、そんな自分を何とかしたくて。
 
その条件を。許可を。他人軸に求め続ける。
 
その果てにあったものが、税理士受験。
 
決め手になったのは、父のこんな一言だった。
 
「親戚に税理士の人がいる。いい仕事らしいぞ」
 
大学は商学部で、会計コースをとっていたこともあり。
その道に進めば、父の正しさは今よりもっと容易に担保される。
 
そう直感してしまった。
 
死に絶えた心を抱えたまま、なんとか必死で自分を奮い立たせ、勉強した。
 
受験生活のなかで突然ペンを持つ手が動かなくなるなど、社会不安障害と診断されたりもした。
 
それでもなんとか食らいついて、科目合格を積み重ねた。就職もした。
 
でも、「本当はやりたくない」という状態と、その抑圧のなかで力がうまく出るはずもなく。
 
仕事で行き詰った。
 
そして、そんなとき、父に「相談してみるか?」と言われて訪れたのが。
 
そう。「親戚に税理士がいる」・・・の人。
 
そしてそれは、単なる相談だったはずが。
 
所長に気に入られ、また自分も、今の行き詰まりを打開するため、所長の元へ転職することになった。
 
これが新たなる忖度の始まりになるとも知らずに。
 

一つの忖度の終了と、それによって始まった”新たなる忖度”

新たな就職先は、スタッフが多く、年齢層は高め。
 
30代の自分が、男性では最も若いときたもんだ。
 
久々の若手。身内(親戚)。しかも、自分と同じ資格を目指し、合格目前。
 
そんな人間が東京から、わざわざ県外へ。
 
そんな感覚だったようだ。
 
 
「君には教えたいことが沢山あるんだ」
 
事ある毎に聞いたその言葉通り、実務を中心に色々な事を教わった。
 
...圧倒的なスピード感とともに。
 
自分はただただ、喰らいついていった。

今の自分を否定し、打開し続けるために。
 
そして、所長の期待に応えるために。
 
そうやって知らないうちに、今までにない苛烈なアクセルの踏み込みを続けていた。
 
そして、在職中での税理士試験官報合格。

両親は喜んでくれ、自分もそれにホッとした。
 
「今まで頑張ったんだから、これからは人生楽しむことも忘れないで」
 
...自分はようやく、楽になるための「条件」をクリアし、その「許可」を得ることができた。

  「他者」から。
 
...その筈だったのに。
 
やりたくない税理士受験を、やり抜いてしまった、ばっかりに。
 
これが、次なる他人軸劇場の幕開けとなってしまった。
 
「人の期待に応え続けないと、ダメになる」。 
 
焦りのスピードが、さらに自分の心身のアクセルを限界近くまで踏み込ませていった。
 
続く。

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