魂の源泉=source に、生きる。

マイク・マクマナス著「ソース」。
 
ここでいうソース=sourceとは。
 
端的に言えば、「自らの魂の源泉」。
 
魂の声。
 
それに従って生きる事を提唱した一冊。
 
「人の生き方」として、とても根源的なパワーのある、名著だと思った。
 
そして、1999年に書かれたものでありながら、今の時代にこそマッチした本ではないかと思う。 

ソースを象徴するワード=「ワクワク」。

本書によれば、自分の魂の根源、ソースを司るエネルギーを「ワクワク」と呼んでいる。
 
それは自分の内に、既に備わっている魂のエネルギー。
 
人はそのワクワクの声に従うことで、いわゆるフロー状態に入り
次々とそのワクワクを同時実行していく。
 
魂のソース=源泉 をエンジンとし、自己推進力を付けて進む。
 
そうやって自分の元々持っていたワクワクの声に導かれることで
それがやがては「人に分け与える事ができるもの、社会にとっても価値のあるもの」に
 
”自然と変容していく”。  
そんな道筋を、示している。
 
 
・・・なんて、そんなこと言われたって

「無理だ、あり得ない」という、抵抗感が顔を出す。

そう。
 
自分も含め、「そんなの無理、あり得ない」という世界でどう生きるか。
それが大事であり、それを正しいと信じ、ひたすらやってきたはずだ。
 
「やりたいことやって生きるなんてありえないし、無理。」
だから、人のために。人の期待に答えるために。
努力して。頑張って。我慢して。責任を持って。
歯を食いしばって。諦めて。
 
「...自己犠牲の精神で、人を喜ばせ、幸せにせよ。それが人生の責任というものだ。」
 
そう教えられてきた。
 
しかし、本書を読むことで、その教えの「大いなる矛盾」に、気づく。
 
それは

責任をもって幸せにすべき一員から「自分自身」が除外されているという、事実。

本書はズバリ、その一点をグサリと、突いてくる。
 
考えてみれば、誰もが自己犠牲、自分潰しをやっていたら、誰も幸せになる人がいないのだ。
 
本書によれば、人が生まれてきた最高の責任は
「自分のやりたいことの声に従い、その能力を発揮すること」だという。
 
つまりは、こういうことだと思った。
「あなたが、他の何者でもない ”あなた” として生まれてきた事実から目を背けず。
 
 あなたにしか聞けない、あなただけの魂の源泉=ソースの声 を、世界に発現させること。
 
 あなたという命、魂の器だけが持っている力を、世界にお返しすること。
 
 それこそが、あなたがあなたとして生まれた最高の責任である」
 
そして、そのためには。
 
人生を「我慢、頑張り、忍耐、努力、発奮、ストレス」といったエネルギーで進めてはならない。
 
なぜならこれらは

「やりたくないことを無理矢理やるための」エネルギーだから。

魂の源泉の声=ソースの声を押し殺すための、エンジンだから。
 
そうではなく、内なる魂の源泉=ソース、そしてそれを司る ”ワクワク” に従っていけば
そこには、我慢とか努力といったものを凌駕した
柔軟で創造的で、かつ溢れ出る喜びに満ちた「自己推進力」で進むことが出来る。
 
そこには「無理矢理」という要素も、存在しない。
 
それが、自分が自分として生きるための、最高の責任の取り方だ。
 
・・・本書では、そう説いている。
 
そしてそのために必要なのは。

洗脳からの脱出。

自己犠牲を蔓延させ、他人軸で人を幸せにせよという教え・洗脳から、脱出する。
それが必要だ。
 
そうすることで

魂への誓いを、立てる。

魂の源泉の声=ソースの声に従って、生きる。
 
ソースに、生きる。  
そして結局、その生き方が最も喜びにあふれ、結果として自分のみならず人を、社会を幸せにしていく軌跡になるのだ。
 
そして本書は、その「ソースに生きる」ためのステップとして
「能力」や「適性」といったジャッジや意味付けにとらわれずワクワクを実践すべきであることや
ワクワクを実行するときは、できるだけ「同時実行」して、そのシナジーを発揮させる、というアイデアや。
 
また、ワクワクを進めるために、その過程を細分化して、ベビーステップから始める提案などが書かれている。
 
例えば。
カメラをやりたかった自分。ギターをやりたかった自分。
そんな自分のソース、ワクワクに気づいたのなら。
まずは押し入れからカメラを取り出し、手に取ってみる。ギターを手に取ってみる。
そこから始めるのだ。
 
でもおそらく、著者は知っている。
その人がカメラを、ギターを手に取り、自らのソースにアクセスした時。
 
・・・その人たちが、その喜びに満ち溢れた ”ソースの自己推進力” で。
もう勝手に、ベビーステップの先へ進み出してしまうことを。
 
 
また著者は、ワクワクすること(Doing)がわかったら、その本質(Being)にも目を向ける大切さも説いている。
 
例えば、どうしてもNBAの選手になりたいと思っている人が、バスケットボールというワクワク(Doing)の背後にあるワクワクの本質(Being)を分析した時
そのワクワクの本質が、実は「プロの最高峰で活躍すること」ではなく「バスケそのもののゲーム性・醍醐味を味わう喜び」であったことに気づいたことで、NBAにこだわらない方向性へ転換し、人生を進めていく、といった具合だ。
 
 

・・・そうやって、ソースに生きる誓いを立て、実行していこうとする時、最後に立ちはだかるものがある。
 
それは

「世間一般」「常識」「同調圧力」といった類の、プレッシャー。

「いつまで夢をみているんだ。目を覚ませ。現実を見ろ。」
「やりたいことやるまえに、まず周りの期待に答えろ。わがまま言うな。」
「人生は、仕事は、遊びじゃないんだぞ。」
「人生というのはこういうものだ。我慢しろ。」
 
そんな周囲の声が、”内なる洗脳を解き、ソースに生きようとし始めた人” を引き止めるべく...襲いかかる。
 
今度は外から、だ。
 
そして、そんなとき。
 
・・・「世間一般」「常識」「同調圧力」の持つ、”圧倒的多数感” という名のパワーに
自分という ”1” は、つい心細くなるけれど。
 
その必要はないのだ。
 
そして今こそ、信じる。
 

自らの ”ソースの力”。

内側から湧き上がる、魂の根源の、力。
 
どこまでも自分に寄り添い、支えになってくれる、最高の味方。
 
・・・”ソースに生きようとし始めた人” は、その力をもう知り始めているはずなのだ。
 
そして、もう一つの視点。それは
 
”「世間一般」「常識」「同調圧力」といった類のプレッシャーの正体” についてだ。
 
その正体とは
「自分の夢に忠実に生き」
「自分への期待、自分のやりたいことを優先するという ”自分への責任” を貫いて生き」
「まるで遊びと境界線が無いかのように柔軟かつ創造的に仕事をして生き」
「自分の思い通りに、喜びに満ち溢れた人生」

「を、私だって本当は生きたいのに!」というシャドウの塊。

自分がせっかく我慢して、諦めている事を。
目の前でやってみせ、輝こうとしている姿を見せつけられるのは
 
どうにも我慢ならない。  
そんな思念を、抑圧の投影を悟られないように生み出したものが
”「世間一般」「常識」「同調圧力」といった類のプレッシャーの正体” ではないだろうか。
 
そして、そんなことを見抜いた上で ”ソースに生きようとし始めた人” がすべきことは
そうしたプレッシャーへの説得、ではなく

そんな ”旧世界” からの、離脱。

”旧世界” がそのシャドウの塊を投影してくることは、コチラはどうにもすることができない。
 
それに、”ソースに生きようとし始めた人” にとっては、その説得のためにエネルギーを使うこと自体が
 
”ソースに生きる” 時間にならないことに、気づくはず。
 
だから、説得、ではなく、「離脱」する。
 
それしかないのだ。
 
すると。
これに伴って、既存の人間関係や、人生の環境がもう維持できなくなったりすることもあるだろう。
 
でも、それで良いのだ。
 
なぜなら、そんな ”旧世界” から勇気をもって離脱すると、待っているのは

ソースに生きる諸先輩方が形成する、 ”新世界” だから。

彼らは「ようこそ、自分に還る旅へ!」と言わんばかりに、待ち受けてくれている。
 
最初こそ妙な居心地かもしれないけれど
その ”新世界” こそが自分にとって優しく、心地いい人生の世界。
 
そんな世界が待っている。
 
だからもう、旧世界から

ダイヴしていい。

それで、いいのだ。
 
 

そしてそして。

なんだかよっちゃんは、この本の内容をまるで自分事のように書いているけれど。
 
・・・だって、

自分事、だもの(笑)。

自分もそう、なっちゃったんだもの。
あんなに ”旧世界” しかなくて、でもそれが辛くて。
 
もう笑っちゃうぐらい、この本の通りに
”新世界” へ、ダイヴした。
 
半強制的に、だったけど(笑)。
 
よっちゃんは、バーンアウター。
”旧世界” のしきたりに屈し、思考停止し、他人軸の人生を歩み。
 
自らの魂の源泉、 ”ソースの声” をずっと、軽んじてきた。無視してきた。
 
その結果が・・・心身強制終了。
 
でもそれは決して終了ではなかった。
 
この本を読んで、分かった。
 
バーンアウトは決して、人生の終わりではなく

魂の源泉=ソースの ”産声”。

そして、その産声をあげた自分は、おそらく。
 
・・・もう、以前の世界に戻ることは、出来ないだろう。
 
なぜならもう、わかってしまっているから。
 

もしもう一度、自分の ”ソースの声” を無視したら、今度こそ本当に駄目になる。

そんな ”バーンアウター” であるよっちゃんにとって、この1冊は
 
「自分に還る旅のガイドブック」だ。
 
そしてもう、わかっている。
...既に、この本に描かれた世界へ
自分なりのプロセスで入り込んでしまっていること。
 
 
これからも一歩一歩、進んでいこう。
 

魂の源泉=”ソース” に生きる、人生。

 
 
 
この1冊を携えて、自分に還る旅はつづく。
 
 
 
おしまい。
 
・・・もっと書評らしく書けるようになりたい。

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