「心のヨガ」で・・・”真実の海” を たゆたう。

LPL養成講座、受講生同士のカウンセリングセッション自主トレ。
今回もまた、久々のクライアント体験ができた。

そしてそのセッションは・・・とても不思議な”感覚の海”へ。

なにかのメソッド、というよりは、そのカウンセラーの持ち味、エネルギーを活かす感じ。

カウンセラーがそれとなく照らす一筋の光を頼りにしつつ
自分のリズムで心を「ほぐし、整え、深め」・・・

自分の真実にたどり着くような、セッションだった。

それは「マインドフルネス」というリラックスした意識状態で深めていく・・・
「深い感性へ潜水していく」ような ”旅” だった。

感性=イマココで味わったプロセスなので、実況的に振り返ることは難しいのだけど

あのときの「感覚の記憶」を思うままに書いてみる。

セッションのテーマは”第5チャクラ”

第5チャクラ。
7つのエネルギーセンターのうち、「自分を生きる」をテーマにしたエネルギーセンター。
それはむしろ、エゴを超えたところの「魂の願い」といったものに寄り添い、魂のミッションを生きるエネルギー。
大いなるものとつながる感覚に身を置き、自我実現を超えた ”自己実現” へ向かう力。
自分の命を輝かせ、いのちの歓びを生きること。

自己実現や自己表現のエネルギー。

セッションを受ける前の「第5チャクラ観」とは

セッションを受ける前の、自分にとっての「第5チャクラ観」は、というと・・・

多動力があること。走り続けること。矢面に立つこと。先頭にいること。
特別な才能。能力を尖らせること。大きく注目を集めること・・・

そしてそれは、一言で言うと・・・

「突出感」と「華々しさ」。

マインドフルネス状態で、カウンセラーからの”声かけ”をしてもらいながら、そんな自分の”第5チャクラ観”を思い出していると・・・

かつて ”それ” になろうと走り続けてきた ”エネルギー” の存在が、カラダの感覚に現れた。

それは、みぞおちのあたりにいる、黒くて硬い玉。
それは、みぞおちのあたりで高速回転する・・・

「ランナー」だ。

「華々しく突出しようと、ひた走ってきた自分」という、エネルギー体。

「どうしてそんなに、走り続けているの?」

・・・「走って、走り続けて・・・安心にたどり着くため。それまでは走り続ける。」
ランナーは、そう言った。

突出して、成功して、栄光を掴んで・・・そうやって

「条件をクリアすれば、安心が得られる。」

「条件をクリアすれば、安心が得られる。」
このビリーフのもと、その時その時の「突出・成功・栄光」という「条件クリア」を繰り返し続け・・・

実は・・・苦しんできたエネルギーが、そこにあった。

飽くなき「安心の無さ」。

”突出”のために、他の誰かと比較しては ”自分ではない何者か” になろうとする。

そのために「止まってはいけない」と、自分の内側を、けしかける。

飽くなき「外側との闘争」。
飽くなき「内側との闘争」。
 

安心を求めながらも、その安心が、永遠にやってこない。

その「ランナー」には、「恐れ」が、張り付いていたからだ。

再びその「ランナー」の感覚に、とどまっていると・・・
その「ランナー」の持っていた「真のメッセージ」が、浮かび上がった。

だからこそ、決めるんだよ。

その闘いを終わらせるために・・・
「イマココの私が、イマココの自分に ”安心する” って。
 
条件無しで、決めるんだよ。
 
今のままの自分に、安心する・・・って。
 
そうしないと、終わらないよ。
 
 
自分で・・・自分で、決めるんだよ。 

・・・自分はもう、知っていた。
それを「決められなかった」結果が、バーンアウトであることを。

だから、もう決めよう。

決める。
 
 

すると・・・その「ランナー」と「恐れ」は、お役目を終えたかのように、みぞおちから降りていった。

「お役目を終えたランナーたちは、どこかへ行きますか?」

そのカウンセラーの問いに対して。
自分は ”彼ら” を、肚の底にある ”心地よい温泉地” に落とし、連れてってあげた。

”彼ら” はただ、その場所にくつろぎ、ときに泳ぎ・・・自由になった。

自分にとっての”第5チャクラ”とつながるエッセンスは

自分の魂が願う、自分にとっての”第5チャクラ”とつながるエッセンスは・・・

追い求めようとした「突出感・華々しさ」とは、質感が違っていた。

安心であること。

そのためにまず、「今ここの自分に、今のままの自分に、安心している私」になること。

その私に、OKを出していること。

そのOKを出せている自分が、ただ居ること。

「そんな私が、ただいる」ことで・・・

「突出・華々しさ」の裏で「外と内の闘争」に疲れた人に。

「・・・いていいんだよ。大丈夫だよ。」「ほら、この私のようにね・・・」
・・・それを見せていくことで、その人達に「安心のエネルギー」を「伝播させる」こと。

そうすればまた、その人達は「華々しく多動し、突出するエネルギー」を、復活させる。

そしてそれは、今度は・・・「安心の地表」に、根ざしている。 

すると今度は、その広がった安心が循環し、自分へ戻ってくる。

その「安心」のなかに、自分もまた、いさせてもらうようになる。

そんな安心のなかにいさせてもらうことの、

有り難さ。

自分はこの「有り難さ」という言葉を、何度も口にしていた。

そして、この「安心の中にいさせてもらうことの有り難さ」を口にしているときの表情は、とても満足気であったのだそう。

・・・これが自分の「魂の願い」であり、自分のエッセンスも ”ここ” なのだと感じた。

だからこそ。
「イマココの私が、今のままの自分に ”安心する” って、まず自分が・・・決める。」

そのことにOKを出す先頭に、自分が立つ。
それが・・・自分のリーダーシップへの、エッセンスなのかもしれない。
 
 
あっちの「華々しい突出感」だったらカッコよかったのになぁ(笑)。
 
 
そんな一粒の真実との出会いを終え・・・
マインドフルネスを解き、「心の旅」から戻った。
 
 
 
最後はOSHOカードでアンカリング

「突出感」でも「華々しさ」でもない、そんな私にとっての「才能のエッセンス」とは・・・

問を立てて、引いた。


 
ORDINARINESS。

「普通であること」。

普通であることの、特別さ。

華々しさも、突出感もない「普通の自分」にOKを出せるということの、特別さ。
そんな「存在の力」を伝播させ、その人その人のなかに、「自分への安心」を、拡げていく。

「今ここの自分、今のままの自分に、安心してもいいんだよ・・・ほら、なんの”特別さ”もない私であってさえも、この通り。」

自分の発揮していくエッセンスは、やはりここなのだろうか。
 
 
 
”突出する”船でもなく、それを”華々しく”駆る船頭でもなく。

そして、それらの行く先を照らす、灯台ですらなく・・・
 
 

ただそこに、普通にある、海。 
 
それは「ただ、ここにいていいんだよ。浮かんでいて、いいんだよ。潜ってみても、いいんだよ・・・」と、伝えるエッセンス。
 
 
 
 
・・・豊かな気づきと自らの感性のエッセンスを知る素晴らしいセッションをやっていただいて、とても嬉しかった。
 
 

おしまい。

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