360度、OK包囲網へ。

7ヶ月間のLPL講座が、先月に修了。

そして、その修了生を対象に、より深い自己探求や対人支援スキルを学びたい人を募って開催される「LPLマスターコース」が始まった。

自分はそのマスターコースの全ステージを、一度に申し込んだ

そして。
申し込んでから今に至るまでの時間においても、刻一刻と「心のあり方」というのは変化していくもの。

だから、気づいた。

あの時の「全部を一度に、という申し込み方」は、何らかの

「焦りエンジン」によるものだった、と。

おそらくこれは、いままでの人生で繰り返してきたパターンだ・・・

そう、ひしひしと感じる。

さぁ、気づいたなら・・・受講生同士の”自主トレ”で、探究だ。

「焦りエンジン」の持つ、世界観

カウンセリングの自主トレでクライアントをさせてもらう。

上記の「全部申し込む」という行動の裏にある「焦りエンジン」の世界観を探究していく。

焦りエンジンの持つ”気質”とは・・・

追いつかれてはならぬ。
追い抜かれてはならぬ。
追い越さねばならぬ。
 
そのための知識、技術が必要だ。
 
現状に満足すると、落ちるぞ。
 
だから、そのための機会損失があってはならない。
 
眼の前に「向上の機会」があるなら、それを一つたりとも逃してはならない

だから、今。
 
全部を。
 
一度に。
 
やらねば・・・
 

これが「焦りエンジン」の世界観であり、これによって「全部申し込み」という行動が生まれていたわけだ。

「焦りエンジン」の持っている「信じ込み」を、”言語化する”

この「焦りエンジン」の世界観が有している「信じ込み」のなかで、最も深刻なものとは。

・・・それを言語化すると、このようなものが浮かび上がった。

「人に価値を提供しつづけないと、ヤバイ。」

そして、この「ヤバイ」というのは、要は・・・

生存が、ヤバイ。」という、深刻なものだった。

人に役立つ価値を、生存のために、提供しつづけなければならない。
だから、そのための知識や技術といった「能力」の飽くなき吸収に、固執する。

だから、そのための機会損失は、あってはならない。
眼の前にある機会を、逃してはならない。

「だから、”眼の前に現れてしまった”LPLマスターコースの全てに、申し込まなければならない。」

そうしないと、ヤバイ・・・というわけだ。

そう「信じ込む」からには、”メリットもある”

まずは、そう信じ込むことのデメリット。これはまぁ、色々あるけれど・・・

そもそも、「今ココを楽しむどころじゃなくなる」

「それどころじゃない。」って、これ・・・
・・・だったらいつ人生を楽しめるようになるんだ、っていう話になる(笑)

このデメリットは、あまりにも大きい。

一方、そう信じ込むからには、何かメリットもあったはずだ。
それは・・・

成長が早くなること
しかしそれは、ジワジワと疲弊感を抱えながらであって、結局リスキーなことでもある。

総合的に見て、あまりにデメリットの大きいこの「信じ込み」は、ぜひとも手放したいものだ。

この信じ込みが真実でないのなら、”真逆の世界”が想定できるはず

真逆の世界観って、どんなだろう。

「人に価値を提供し続けなくすると・・・人生が安泰になる。」といったところか。

そして、その理由は・・・

そうすることによって「他力」と「調和」が、花開くから。

人に「知りません」「わかりません」「だから助けてほしい、教えてほしい」と、言うこと。
そのことによって、「他力」が活性化し、その事による「調和」が生まれる。

あなたが独りで頑張って成長を独占すればこそ、こうしたことの「機会損失」が、発生しているのだ。

この「信じ込み」は、他者への投影を引き起こす

この、自分にシビアな「信じ込み」を持っていると、そのモノサシは他者へも投影される。

たとえ口に出さずとも、その「目の奥の眼差し」といったレベルで、「人の知識・技術といった能力の有無」をシビアに見ている。

それは「人を見る目が育つ」というメリットもある一方で、それが周りへのプレッシャーとなり。

周りからすれば「あの人はこれくらい知っているだろうから・・・」というプレッシャーをあなたに感じ
それ故に、あなたに意見する人が少なくなる。

あなたは知らないうちに、「他力」というリソースを享受する機会を逸してしまうのだ。

この「信じ込み」が持つ「自己攻撃」を、自覚する

この信じ込みの持つ投影を、自分に差し向けると・・・

私が私に価値を提供しつづけないと、ヤバイ。」となる。

確かに。
だからこそ、眼の前の機会のすべてを吸収しようと躍起になって・・・
マスターコースの全てに、一度に申し込んでしまうわけだ。
 
 
そして、この「信じ込み」の持つ世界観の土俵は、明らかに・・・

飽くなき「比べる」「競う」というワールドだ。
そしてそれを、「恐れと焦りのエンジン」で回している状態だ。

「比べる」「競う」の土俵に立った”原風景”は

この世界観を作った起点、その「心当たり」を探るべく
カウンセラーのガイドで「自分のタイムライン」を遡る。

出てきたのは、中学校1年の、はじめての中間試験の順位を知った時のこと。

・・・小学校までの自分は、さほど勉強のできる方でもなかった。
特に、嫌いな科目はトコトン駄目。

しかしそれはある意味、「できない自己イメージ」であったがゆえに・・・気楽だった。

しかし。
中学で初めての中間試験の順位が・・・3科目、5科目共に「1位」になってしまったのだ。

覆された、自己イメージ。
瞬間的には嬉しさもあったのかもしれないが・・・

そこで抱いた感情はむしろ・・・

恐れと、焦り。

”追いつかれてはならぬ。
追い抜かれてはならぬ。
追い越さねばならぬ・・・”

・・・そんなマインドが形成され、自分が自分の「見張り役」となった瞬間。

それはまさに、「比べるワールド」「競うワールド」の土俵に、乗ってしまった瞬間だったのだ。

学校制度や社会制度の仕組み上、この流れに乗ることは致し方ないのかもしれない。
しかし、それがその人にとっての”歓び”をチャージするものでないとき、そのワールドは生き辛いものであるのも事実だ。

そして、さらに恐ろしいのは・・・
その「恐れと焦り」に焚き付けられる形で「できてしまう」「やり抜いてしまう」場合である。

”恐れと焦り故に”「できてしまう」「やり抜いてしまう」ことの、恐ろしさ

「できてしまう」こと、そして「やり抜いてしまう」こと。

・・・それ自体は、決して悪いことではない。

しかし、そのことが「恐れと焦り」を背景に回り始めると・・・

一気に「命の逆回転」という現象へと、向かい始める。

あなたは自他ともに「できる人」「やり抜ける人」となり、
更に重い「できるようになるべきこと」「やり抜くべきこと」が、あなたに襲いかかる。

あなたはそれを「更なる恐れと焦り」故に・・・

またもや、やり抜いてしまう。できてしまう。

・・・そして、このループがもたらす「最悪の結果」が

キャパオーバーと、バーンアウト。

「恐れと焦り」を背景にした、命の逆回転。
たとえ同じ成長過程でも、それを「歓びエンジン」で行わないと、このような ”真逆の事態” を招くことになりかねないのだ。

エニアグラム性格診断(9つの性格)との関係は

自分はエニアグラム、タイプ5。
いわゆる学者タイプ。
洞察・分析に長け、俯瞰的に物事を見ることを好む。
知識や技術といった「能力」といったものに価値を置き、またこだわりがあるため
その影として「能力がないこと」への恐れを持つ。

自分で調べて解決することを好むため「知りません」「教えて下さい」といった類のことがNGになりがち

・・・こうしたことを踏まえると、上記の信じ込みである「人に価値を提供しつづけないと、ヤバイ」というのは
ある意味「タイプ5」の典型的な信じ込みであると言える。

しかし、上記の通りこの信じ込みを真逆にすることで
”価値提供”とそのための”価値仕入”を独りでやろうとする事を手放せば
その分だけ他力とその調和が花開くのだ」と気づいた。

それは「何事も独りで」、という ”偽りの自立” から
高次の相互依存がもたらす ”真の自立” へとシフトする世界でもある。

「知りません」「教えて下さい」ということがNGであるからこそ、あえてそれをOKにしていく。 

規律にこだわる人は、「怠惰」がNGであるからこそ、それをOKにしていく。
愛ある奉仕の人は、「ワガママ勝手」がNGであるからこそ、それをOKにしていく。

それがあなたを「全方位OKの人」にする。

あなたの人生の選択が、「そうであっても、そうでなくても、どちらもあっていい」ことになる。

・・・そもそも講座に通う行為自体、「知りません、教えて下さい」って、言いに行ってることだよね(笑)
 
 
そうやって、自由自在になるのだ。

長いようで短い人生だからこそ、”マラソンの構え” でペース配分してもいい

人生はある意味、マラソンのようなもの。

「恐れと焦り」で自分を焚き付けて、成長のために「すべてを、一度に、いますぐ」吸収しようとすることには
限界と、無理が生じることもある。

そんなときこそ、「持ち越す」という選択肢を使ってもいい。
余白を設け、しなやかさと伸びやかさを保ちながら進んでもいい。

「恐れエンジン」による「スパート&バーンアウト」ではなく、
「歓びエンジン」による「バランス&ペース配分」を考えていく。

余白を使って「イマココの私」に戻り、イマココを楽しんでいい。

だからこそ、そんな ”マラソンの構え” を阻む信じ込みがあるなら、それをクリアリングすることが大切となるのだ。

そして自分も、そうしていこうと思う。
 
 
 
おしまい。

おまけメモ:ビリーフの主文に「ヤバイ」という表現が出てきた時は?

クライアントから出てくる「ヤバイ」という言葉には、少なくとも2種類の可能性が想定される。

①:「ヤバイ」の具体的ニュアンスが言語化されていない状態、という場合
②:生存レベルの危機感を包含している「ヤバイ」である場合。いわゆる「ガチでヤバイ状態」 

上記①の場合には「それって無力な感じ?見捨てられる感じ?」など、質問等でその”具体的ニュアンスを詰めていく”必要がある。

一方、上記②の場合には、それ以上のニュアンスを詰めてしまうと
却ってインパクトが薄まるため「ヤバイ」という表現をそのままビリーフ主文として用いることが良い。

①と②の見極めは、声のトーンや非言語のトラッキングから感じ取るのが良さそう。

・・・以上、クライアントとして体験してみて、自ら感じたことでした~。

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