人それぞれの愛の定義を、想う。

心身強制終了、バーンアウトから2年経った。

いつもの出社前。
突然 自分の中に ”何か” が起きてしまって、パニックになって、涙が止まらなくなり・・・

気がつけば、両親に電話をしていて。

気がつけば、はるばる実家まで カラダを”回収”してもらい、休職に入ることができた。

そんな日々から2年後の、親子の会話。

今は「心の学び」のエッセンスも交えながら、話をしたりもできるようになった。

そんななかで、自分の気持ちを「ただ聴いてほしいな」と思って、話をするんだけど。

やっぱり父の返答は「指示・提案・解決・結論・誘導」になってしまうのである。

エニアグラム、タイプ1。

規律を重んじ、自制的。完璧主義。
「自分の正義、責任、ルール」で生きる、勇敢な人。

いわゆる白黒思考、ゼロヒャク思考。

なので「適当」とか「しなやか・あいまい」を嫌い、また「怠惰」を嫌う。

そして・・・
これらの要素自体には良いも悪いも無く、あくまで「健全度」によってその発現の仕方が異なる、というものになる。  
 
 
そんな「タイプ1」の父に「ただ聴いて、”お前はそうなんだなぁ”と受け止めてほしい」とか
はたまた「そういう受容的な聴き方を”傾聴”といいまして」的な話をしようものなら・・・

「だったら俺は、何も話さなければいいんだな!そうなんだな!」と、なってしまう(笑)。

ゼロヒャク思考がスパークし、正反対の結論へ、振り切ってしまうのだ。

いやいや、そうではないのだけど・・・

タイプ1 な父の「愛の定義」とは

でもそうやって話していると、わかってくる事がある。

父にとっては「指示・提案・解決・結論・・・」で圧倒することこそが、愛なのだ。

悩んでいることを”そうなんだね”と受け止める「ゼロとヒャクの ”間” の”寄り道タイム”」を
相手に作らせること、そのワンクッションの時間を相手に作らせてしまうことは
父にとっては「愛ではない」のだ。

その「感情味わいタイム」を とっとと卒業して、ズンズン進むようにしてあげる。

それが、父にとっての愛なのだ。
 
 
実際、この家族はそんな父の愛によって舵をとり、進み続けることのできた船なのだ。
 
 
そして・・・
そんな「愛の踏ん張り」に応えたくて「感情味わいタイム」を放棄し
「指示・提案・解決・結論」に挑み続けて燃え尽きてしまったダメ息子が、ここにいる(苦笑)。
 
 
はぁ・・・
 
 
そんなこんなで、これからのことを話していたら
「お前は人に優しすぎるから、利用されたりダマされたりしないようにしないとダメだぞ」と、父。

すると・・・
「あら、あなたも人に優し過ぎて、いつも人のところに行ってまで色々仕事の面倒見てあげてたじゃないの。
それこそ”いくらなんでもやってあげすぎ”、”利用されてるんじゃないか”って・・・私。そう思ってたのよ。
言うと怒るから言わなかったけど(笑)」

母も 言うようになったなぁ(笑)。
でもそれが、父の仕事での信用につながっている側面もあったなぁ。

そして・・・父子のエッセンス、見事な家族連鎖だなぁ(笑)。

そんな妻からの不意打ちに”撃ち抜かれた”父の、その後のお散歩外出は・・・
いつもより、随分長かった(笑)。

「あの性格だから、真っ向から”反省点”にしちゃうのよねぇ、きっと」と、母。

心の学び、性格の戦略

自分が「心のこと」を学び。
まず自分から ”構え” を変え、自己開示をすることを実践していくことが
他の家族にも影響を与える・・・そんな気がすることが、最近は多くなった。

そして、人の性格というのは・・・
それ自体に良いも悪いもないものだ。
そしてそれは、「人間関係」「時代背景」の中で身につけたもの。

「性格=後天的な生存戦略のための ”杖”」なのだ

だから、「性格=その人」ではないし、
その人が持っている「本質的なエッセンス」ともまた、違うものかもしれないのだ。
 
 
・・・そんなことを改めて思った、バーンアウト2年目。

我が”師匠” の「傾聴実践1day講座」、来月です

親子の会話。社員との会話、などなど・・・

ついつい「指示・提案・解決・結論・誘導・忠告・・・」になってしまう。
なぜか押し問答、平行線になってしまう。
「受容的に聴く」って、なんだろう。

・・・などなど。

そんな疑問、モヤモヤを解消することができる実践講座が、来月にあります。
BRC(ビリーフリセット・カウンセリング)講座の師匠でもある、大塚あやこ さんの講座です。
日時は11/4(日) と 11/8(水)。
当記事アップの時点で、まだわずかに残席あるようですよ(満員御礼になっていたらゴメンナサイ)。

自己流を脱出しよう!人の話を聴く必要がある人のための 傾聴実践1day講座 

おしまい。

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