本当の自分は結局、心の学びの”劣等生”だった

前回の記事の続きのような、今回の記事。
 
前回の記事を読んでくださった人の中には、その内容を「心の探求の果てにたどり着いた、ある種の境地」のように話してくださった人もいますが、自分の中では「とてもそのようなものではない」という感覚があります。」
 
自分の中では、むしろ心の学びからの「後退、撤退」という感覚です。
 
 

僕にとって「心の学び」の正体は「図」ではなく「地」だった


僕は、わけのわからない生きづらさの正体を、「心の学び」との出会いによって、解明しようとしてきました。
 
それによって、心を整える=向かい合う二人の顔、“という図” を描く、はずでした。
 
しかしながら、僕にとって「心を整える=向かい合う二人の顔」というのは、「図(=対象)」の方ではなかったのです。
 
それは、図ではなく「地」、つまり背景の方だったのです。
 
心の学びをし、自己探求についてのことを凄まじい勢いで言語化することで僕は、実は「地」の方を塗りつぶし続けていたのです。
 
そして、その果てに「生きていることそのものに対する大丈夫感のなさ、という“体の感覚”」が、図となって突如浮かび上がり、襲いかかったのです。
 
僕にとっての“図”は、“ルビンの壺” の方だったのです。
 
そして、悟りました。
 

僕には、心の学びそのものは、まだ“早すぎる学び”だった

僕は、心というのは「体感覚・体反応というマグマ」から無尽蔵に生み出される“水蒸気”だと考えています。
(“水蒸気”、という表現は「心」というものを卑下する表現ではありません。)

ここで僕はまだ、「こころ」という水蒸気をホールドするための“下地処理”が済んでいなかったのです。

心の学びによって、こころ、という“水蒸気”を「自分好みにカスタマイズする」。
・・・そのためには、「体感覚・体反応というマグマ」の安定と寛解が、必要なのです。

僕は躍起になって心の学びをしましたが、まだまだ「早すぎる学び」でした。

「知の杖」への執着と依存

躍起になって心の学びをしてしまったのは、まだまだ「知の杖」への執着と依存があったのだと感じています。エニアグラム・タイプ5のエンジンが、まだまだ不健全なドライブとして機能していたことになります。
 
でも、悔いはありません。
おかげで「地」を塗りつぶすことが、できたわけですから。
 
でももう、疲れました。
今までのそういう自分の全てに、ほとほと疲れてしまいました。
 
そして、この「疲れていた」という感覚に気づくことができたのは
意識の置き場所を「心」という場所から後退させ、ひとまず「からだ」に戻したからだと思います。
 

ひとまず今は、「生きづらさの感覚」を「心の探求をすべき課題」としない

過去を過去においてくる、心のあり方を整える、というプロセスは大切ですが、今の自分にはまだ早すぎるだけでなく
心のことを課題化し、言語化してしまうことがかえって混迷をもたらす気がします。
 
例えば、僕は生まれた時期というのは、母が腰が悪かったために母に抱かれていないのだそうです。
これは(突如として)本人から聞いたことなので、間違いないことです。
しかし、「それを聞いての自分の未完了の感情に気づき、それを感じきる」とか、インナーチャイルドがどうとか、アーリートラウマ云々というのは
ひとまず「自己探求・自己詮索しないでおく」ということです。
それが今の自分に何をもたらしているのかわからないし、今ある生きづらさの感覚と紐付いているのかどうかもわからないからです。
 
今はただ、今ある体感覚・体反応とノンバーバルなままに向き合います。
 
 

またいつか「こころ」が自分にとっての「図」になることを願って

 
「僕には心の学びは早すぎた、僕は心の学びの劣等生だ」というのは何も、自分を卑下しているわけではなく、拗ねから言っているわけでもなく、また「そんなことないよ」という言葉を誘導したいわけでもありません。
実にフラットな意識で、そう思っているだけです。
 
ですから、またいつか「図」と「地」の転換が起き、心の学びが活きてくることに、素直に憧れていようと思います。
実際、「心の学び」を通して自己を、他との関係性を、そして人生を切り開いている人たちを、たくさん知っています。
 
自分もそんな日が来ることを願って、ひとまず心の学びから後退・撤退です。
今はそれでいいのだ、と思います。
 
 

おすすめの記事